理想恋愛屋
 身体はガクンと折れ曲がって、倒れこんだのは確かだった。

にもかかわらず、オレは痛い地面の感触を味わうことはなかった。


 ほっと安堵するも、ふるふる震える振動にそっと瞼を押し上げてみれば、彼女の身分をあらわすのに十分な制服のリボンが飛び込んできた。

そして、女性特有の柔らかさがオレの顔を包み込んでいる。



 つ、包み込んで──……


 ダラダラと嫌な汗が体中をじっとりさせる。

事態に気づいたオレは、体をものすごい勢いでバックさせた。



「ま、待て……っ!!これは不可抗力で……っ」

 その場にいたおじさんたちは、少し頬を赤く染めて驚いている。

そしてもう一人、風船のように膨らませて真っ赤に染めた顔とは対照的に、閃光を走らせるような鋭い瞳の彼女。


 こういうのをお約束、っていうんだ。

 壁にピタっと背中がくっついてしまったオレに、彼女はじりじりとその差を詰め寄る。



「……こンの──」


 振りかざされた大きなハリセンに、その場にいたおじさんたちも息を呑む。


 見てるだけじゃなくて助けて!

そんな叫びは誰にも届くはずもなく。


「話を……っ!」


 聞いてくれるような彼女じゃない。

それはこのオレが、身をもってよく知っている。



「変態屋ぁぁあああ!!」


 スパァアァン!!

 聞いてるだけで痛い音が、この小さなビルに鳴り響いた。

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