理想恋愛屋
 そんなオレたちに、パタパタと足音を響かせて近づいてくる一人の女性。

「はあ、はあ。すみません……、私が目を離しちゃったから」

 肩で息をするその人は、まだオレたちに気づいていないようだった。


「本当にすみ……」

 ようやく顔をあげてくると、たしかにパチッと目が合った。

きっと同じこと思っていたに違いない。

「萌!?」

 どうして、って聞く前に彼女が躍り出た。

「どーゆーことですか、萌さん!」

「え、あの、だから……」

 おどおどとする萌は、彼女に圧倒されっぱなしだ。


「お兄ちゃんがだめなら他の男って……!おっさんだし、子持ちって!」

 彼女のストレートの言葉に、少年の父親も少し……いや、だいぶショックを受けているようで、どよーんと彼の周りの空気だけが重くなっていた。


 さすがのオレもフォローのしようがなかった。萌がまさかっていう衝撃のほうが強い。

好きだった女なんて、男にとっては結構美化されるもんなんだ。


 思い出が、強ければ強いほど。


「待ってください」

 まくし立てる彼女を制するように、さきほどの少年の父親が彼女の肩を掴んだ。

「うっさいわね……っ」

「萌さんは本当に違うんです。シッターさんとして来てもらってるんですよ」


 し、シッター……?

 そういや萌は福祉関係の仕事についてるし、それに仕事があるとかいってたっけ。

「彼女がたまたまここのチケットもっていてね。今日はお言葉に甘えたんだ」

 兄が渡してきたこの遊園地のチケットは、1枚で5人まで入れるファミリーパスだった。

だから忘れていった1枚でオレと彼女は入場できた。


 財布に優しくってほっと胸をなでおろしたのは秘密だ。


< 50 / 307 >

この作品をシェア

pagetop