理想恋愛屋
「おい、どういうことだ?」

 オレの質問には答えず彼女が向かったのは、先ほど口にした中央広場。

小さな細長いステージと何列かのパイプ椅子が並んでいた。

 すでに人が集まり始めていて、ステージの上には『新アトラクション完成記念式典』と垂れ幕がかかっている。

 こんな遊園地に背広姿のおじさんたちの団体がいるもんだから、楽しい雰囲気もぶち壊しだ。


「なんなんだよ……」

 オレがぽつりと呟いた瞬間。

「お兄ちゃん!」

 さっきまでむんずと力いっぱい握っていたオレの腕を開放し、ぽいっと投げ捨てるように彼女はステージに向かって駆け出した。

 そこにいたのは、おじさんたちに囲まれている彼女の兄・匠さんだ。


「遥姫、どうしてここに?」

「えへへー、お兄ちゃんに会いたくて!あたしをあーんな狭いところに閉じ込めようとしたのがいけないのよ?」

 あーんな狭いところって、オレの事務所かよ!

かすかに聞こえる会話に反論してやりたかったけど、確かに小さいのも事実で。

オレはとほほ、と肩を落とすしかなかった。

 兄がずっと忙しかった、と彼女も言っていたし、オレは敢えて近寄らず遠巻きに二人の姿を見ていた。


 彼女が兄と話す姿は本当に嬉しそうで、見たことのない笑顔がずっとそこにあった。


 なんだろうな。

ちょっとだけ……、寂しい? いやいやいや、そんなわけあるはずがない。

 一人、心の中で葛藤していると、後ろから肩を叩かれる。

急だったので思わずビクンと肩を震わせてしまった。


 ゆっくり振り返ると、少し頬を赤くした萌がいた。

「葵…っ、遥姫さんは…?」

 また肩で息を切らしている。

 そんなに走らなくても、って思ったけど、そういう一生懸命なとこも萌の魅力。

「あそこ」

 指を指すと、兄の隣には先程までいたはずの彼女の姿がいつの間にかなく、代わりに真紅のドレスを身に纏った背の高い女性。

ふわふわと長くてチョコレートのような色をしている髪も、とても艶っぽくみえる。

 遠くから見ていても、目を奪われるほどだ。

しかし、そのドレスがひらりと空を切ると、細い腕が兄の首に回され、体重をかけているのが見える。

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