理想恋愛屋
「匠さんは、一流企業の人だもんね。あたしなんか、やっぱり釣り合わないよ……」

「な、何言ってんだよ!」


 思い出させる、六年前を。

オレの時だって、そうやってすぐ最後を決め付けた萌。


 確かに一筋縄じゃいかない恋をしているのかもしれない。

でも後ろ向きにがんばるより、前向きにがんばってほしい。


「萌はそんな気持ちで匠さんと……アイツの気持ちを受け取ったのかよ!」

「葵……だって…」

 つい荒げてしまった声に、萌は目を見開いてうっすら涙を浮かべた。

萌だって混乱しているのだろうけど、それでも止められなかった。


 戸惑いが、オレたちを包む……



『くぉおおら、葵ぃぃいいっ!』

 キーンとスピーカーを唸らせて、怒声がまるで串刺しのようにオレの体を突き抜けた。


 うっわ、出た。

多分、顔には思い切り心の声が反映されてるはずだ。


『お、お嬢様っ』

『痛いわねっ、離してよ!……え?知らないわよ!』

 全部声通ってるよ……。


『葵ーっ、とにかく早く連れてきなさいよー!』

 彼女の言葉は、普通に聞いていれば到底意味がわからない。

でも、思い当たるのはオレの隣にいる萌。

あんなに冷たく聞こえることをいってるけど、彼女が一番萌のことを見えているのかもしれない。


『……え?もとはといえばお兄ちゃんがややこしいこと言うからでしょ!?』

 スピーカーからは彼女の声しか聞こえてこないけど、どうやら兄が制止にかかったらしい。


 あンのバカ!


「萌、いこう!」

「ええっ!?」

 戸惑う萌の腕を無理やり掴んで、ざわめく人ごみに飛び込んだ。


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