理想恋愛屋
 そうだ、忘れちゃいけない。


「おい、こら!」


 腕の中できょとんとする彼女。

 その綺麗な顔立ちに惑わされてたまるか。

「舞台で暴れまわるんじゃないっ」

「なっ、なによ!あたしは……っ」

 むっとしたように、クチをヘの字に結んだ強気な彼女。

だけどそれを遮るように言葉を続けた。


「まったく、心配するだろう?」


 オレの言葉が意外だったのか、驚いたまま固まってしまった。

それでも、ため息を出さずにはいられなかった。


「怪我がなくてよかったよ……」


 まあ、オレの腕はきっと擦り傷だらけだけど。

 チラリとすこし生地が薄くなってしまった右の二の腕に目をやる。


 思わず彼女をかばうように体をねじっていた。

じんじんと響いてくるから、真っ赤になっていることだろう。

 しかし、それを気にさせないように頭を撫でてやると、ほんのり彼女の頬が染まる。



 ……んん?なんなんだ、この反応。


「ん?どうした?」

「な、なんでもないわよ!!」

 顔を覗き込むと、プイっと顔をそらされてしまう。

「ほら、いくわよ!」

 彼女はすくっと立ち上がって歩き出した。

「……はいはい」

 重い腰を上げて彼女を追いはじめる。



 兄と萌が祝福される中、いつもの彼女の反応にオレはようやくほっとしたのだった。

< 57 / 307 >

この作品をシェア

pagetop