理想恋愛屋
「一ノ瀬匠(イチノセ タクミ)さん?」

 書かれていた名前を読み上げる。

「ええ」

 そういって相変わらず涼しい顔をして一枚名刺を差し出してきた。

でもそれを受け取った瞬間、オレは顔が凍ってしまった。


「い、一ノ瀬って…」

「そうです、あの一ノ瀬です~」

 名刺には『株式会社 イチノセ』の文字。

大企業中の大企業で、食品業、不動産業など、とにかくいろんな分野で有名だ。

要するに、この兄は御曹司ってわけだ。

そして、信じたくはなかったが、紛れもないその隣の彼女は……

「ご令嬢……?」

 血の気が一気に引いて、卒倒寸前だった。


言われてみればそうだ。

彼女の制服は、この辺りのいわゆるお嬢様高校の制服。

セーラーカラーのジャケットに水色の大きなリボン。
ワンピース型のスカートは、このオレですら知っているくらい有名だった。


長めの髪をかきむしるように、頭を抱えながらオレは両膝にひじをついた。


 いや、待て。

コレはもしかしたら天の思し召しかもしれない。

なにせ、あのイチノセの御曹司が来たってコトは……っ!


オレの明るい人生設計がめくるめく世界に向かっていき始めた。


「で、おじさんは?」

 彼女だ。

ニタっと口を横に広げて笑う彼女には、オレの脳内が筒抜けなんだろうかって思ってしまう。

咳払いをして、長い前髪をかきあげ名刺をそれぞれに渡した。


「ご紹介が遅れました。社長の葵です」

 ついついクセで営業スマイルをキめてしまった。

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