理想恋愛屋
「先日はどうも~」

 この口調、オレはどうもいけ好かない。

彼女より、兄のほうがよっぽど腹黒いんじゃないかと、オレは最近思いはじめた。


「じゃあ、萌さん。いきましょうか?」

「そうですね」

 手をとる兄に、さっきより幸せそうに笑う萌。

だけどオレはその和みかけた空気に慌ててしまう。


「まてーぃ!萌っ、さっき待ち合わせって……っ」

「ええ、匠さんと」

 チラリと隣に笑顔でたたずむ兄に微笑む。

オレが納得なんかするわけないのはわかってるだろう。


「じゃあ、アイツも連れてけ!」

「……アイツって遥姫のこと?」

 兄の言葉に力強く何度もコクコクと頷いてみせる。

今はオレの財布を持って逃亡中だが。


 そんなオレに、あろうことか兄は笑い出す。

わけのわかってないオレに、萌までニッコリと微笑んでる。


 この腹黒カップルめ!!


「遥姫をよろしくって連絡したじゃないですか~」

 ……は?

 オレは慌ててメールをチェックしたけど、最近そんな連絡は受けていない。



「違いますよー、もっと前。……えーと、萌さんがこの事務所に来たって言いていた日ですね」

 萌もうんうんと小さく頷いているが、その兄の言葉が指すには──…



 チラリと部屋の片隅で働くことを辞めない冷蔵庫をみた。

 萌がやってきたのは、この冷蔵庫を勝手に彼女に持ち込まれ、さらにオレが支払って……。

痛みさえ思い出しそうで、その先は考えることを辞めた。


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