理想恋愛屋
 必死に記憶をたどる。

「でも、そのときにもらった連絡なんて……」


 そうだ、あの日の朝確かに兄からメールをもらっていた。

『遥姫をよろしく』って……。



「……あ」

 慌てて兄の顔を見ると「あ、思い出しました?」なんて呑気に言ってくる。

「ちょ、ちょっと……!」

 聞いてねぇよ、今後もってことかよ!

「いやぁ、これから式のことやらで忙しくなるんで」

 のんびりとした話し方とは対照的に、やることは早すぎる。というよりも、隙がなさすぎる。


「遥姫はちょーっとだけ気の強い女の子ですから」

 ポンとオレの肩に手を置いてくる兄。

「だーかーらー!」

 ちょーっとどころじゃない!っていうか、彼女とはそんな仲でもない!!


「じゃ、葵社長、僕たちは失礼します~」

「え、ちょっと、匠さんっ、萌!」

 無情にも扉はオレの声を遮るようにパタンと閉まった。


 …う、嘘だろう? これから彼女がいる非日常が、日常へと…?


 想像しただけで身震いする。


それならば、いっそ今のうちに鍵をかけてしまおう!


 オレは扉の前に立ち、ドアノブに手をかけた。

しかし、それは叶わなかった。


 ガツン!と、またもや扉がオレの額にクリーンヒット。

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