理想恋愛屋
「せ、先生っ」

 慌ててぴょこんと頭を下げている彼女。

そう、あの彼女が。

 周りのスタッフの雰囲気と彼女の発言からすると……おそらく、今回の下着のデザイナー。

もっとふわふわしたかわいらしい人を想像してた。

だが、言われてみればこの人は『先生』といわれるほどの威厳を持ち合わせているように感じた。


「最後の作品なんだけど、白だけの予定だったじゃない?黒もお願いしたいんだけど」

 髪を耳にかけると、赤いルージュが照らされて光った。その姿は、もっぱら魔女だ。

「……はあ、構いませんけど?」

 歯切れ悪く彼女が先生を見上げる。

「もう一人の子が昨日入院しちゃったのよ」

 怖いと感じつつ、彼女への笑顔で気さくさを覚える。

ほっと胸を撫で下ろすと、すれ違い様にオレをチラリと横目で流してきた。


「じゃあ、よろしくね?」

 くすりと笑いを残すと、決して効きすぎない香水がオレの鼻を刺激していった。

「……ふーん」

 オレが後姿を見送っていると、背後から痛い視線を感じる。

そっと振り返れば、案の定、ジト目で見つめてくる彼女。

「葵って、ああいう人がタイプなんだぁ」

 煽るように、でも無関心そうな声音で彼女はカーテンを閉めた。

.
< 87 / 307 >

この作品をシェア

pagetop