赤い月

─ヤット…
 見ツケテクレタノカ…
 早ク殺シテクレ
 モウ喰イタクナイノニ…
 飢エガ止マラナインダ…


躰の右半分は石の色。
アンバランスに膨張した左腕。
耳の辺りまで裂けた口。
剥き出しになった乱杭の牙を血に染めて、青い瞳に苦悩を湛えたオニが言った。

もうヒトを殺したくはないと。

なのに本能には逆らえないと。

涙をこぼしながら死に救いを求めた人鬼に、千景は出逢ってしまった。

意思を持ち、流暢に話す。
かなり年を経た人鬼だろう。
今まで多くのヒトを喰らい、多くのヒトを泣かせてきたに違いない。

そうとわかっていながら、狩れなかった。

恐怖も戸惑いもなく、哭きながら牙を剥くオニを千景は強く抱きしめた。


─泣かないで。
 私があなたを助けてあげる。

< 117 / 170 >

この作品をシェア

pagetop