恋人達の時間
愛しき花 ~光&紗紀~

さすがにこの時間になると
打ち合わせも面会も電話すらかかることはない。
眉間に意識を集中させるような
デリケートな仕事をするにはもってこいだ。


とはいえ、定時を過ぎて3時間余り。
さすがに疲れてきたのだろうか。
感じたこめかみの鈍い痛みを指で押さえて目を閉じたら
コツコツ、という控えめなノックが響いた。



「失礼いたします」


いつもの聞きなれた声の後で小さく息を呑む気配がした。


「一息つかれたほうが…」


続く言葉を「大丈夫だ」の言葉で遮って顔を上げた。



「やっと来たか」
「ええ」



差し出されたCD-ROMを受け取って
パソコンに入れる。電子メールのおかげで
海外支社との仕事の障害だった時差は
殆ど問題にならなくなったが
急ぎの用件や突発のアクシデントが起これば
現地の稼働時間に合わせざるを得ない対応は
就業時間外を余儀なくされる。



こんな時は スタッフの中でも語学に堪能なだけでなく
機転が利いて冷静な判断が出来る紗紀を
重宝に使ってしまう。
時に深夜、時に早朝にまで及ぶいわゆる残業は
彼女にしてみればたまったものじゃないだろうが



「手強いほど面白いですから」



そう不敵に笑う顔は有能な企業戦士そのもの。
なんとも頼もしい限りだ。
彼女の元部署のトップが
「彼女を失うのは大いなる痛手」と
頭を抱えただけの事はある。




モニターに映るデータを目で追っていたら
デスクを挟んだ目の前に立つ紗紀から
小さく感嘆の声が漏れた。



「…ゎ」
「なんだ?」
「桜が…」
「桜?」
「すごく綺麗」



彼女の視線の先を見れば
俺の背後にある窓へと釘付けになっている。

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