恋人達の時間
「そうか。もうそんな時期か」
「そんな時期って…。気付かなかったの?」
言葉使いに堅さが取れて
穏やかさを取り戻した目元は
部屋で「徹」と俺を呼ぶ時と同じだ。
めずらしい。
「公私混同はしない主義なの」と
社内に居るうちは たとえ2人きりであっても
決して砕けたもの言いはしないのに。
桜に魅入るがあまりに我を忘れた、ということか。
「悪いか」
「これだけ咲いてるのよ?嫌でも見かけるでしょ?」
「花に興味はない」
肩を竦め、はぁ、と短く溜息をついた紗紀が
ゆっくりと背後に回る。
「毎日朝から夜遅くまでこんな素っ気無い部屋で
パソコンと電話と資料と書類に囲まれていたって
いい発想なんかできないし・・・」
そう言う紗紀の手が 俺の両肩を柔らかく包んだ。
「四季の移り変わりに自然の素晴らしさを感じないなんて
人間らしくないわ」
言葉を続けた紗紀がもう一度溜息を落とした後
ゆっくり肩と首筋を揉み解していく。
「花より団子ならまだしも
花より仕事?あまりにも無粋だわ」
連日連夜、帰宅するのが面倒だと思うほど
時間が惜しい日々が続いている。
抱えている仕事の大きさと問題は
紗紀にとっても他人事じゃないはずなのに
よくもまぁそんな悠長な事が言えたものだと
言い返してやりたいところだが・・・
リズム良く解されていく肩と首筋の心地よさに
そんな気力もなくなって
眼を閉じて椅子の背もたれに
脱力した身体を預けた。
こめかみを軽く押されると
ツンと頭の芯を圧するような
心地よい刺激に小さな呻き声がでてしまう。
「気持ちいい?」
「ん・・・ああ」
「今の光の顔、すっごくセクシー」
「バーカ」
頭の上でクスクスと笑う紗紀の気配が近づいて
「はい。お終い」と
軽く唇に触れるだけのキスが降ってきた。
一体どういう風の吹き回しだ?
いつもなら就業時間外であっても
社内ではこんな事は絶対しないし
させないくせに。