恋人達の時間
「興味は無くても花を愛でるくらいの心の余裕が無いと
いい仕事はできないと思うわよ」
・・・言ってくれるじゃないか。
確かにこのところの
追い立てられるようなスケジュールと
飛ぶような速さで迫り来る期限と
行く手を阻むかの様に次々と起こるトラブルの対応に
知らず知らず余裕をなくしていたかもしれない。
俺としたことが。・・・迂闊だった。
オマエに見抜かれるとはな。
いや。オマエだからこそ、か。
悪いな紗紀。お前の臨時移動は
このプロジェクトが軌道に乗るまで、の約束は守れそうに無い。
やはりお前を元のポジションへは戻してはやれない。
否、戻したくない。
「いいから、もう少し続けてくれ」
こめかみをトントンと指で叩いて催促すれば
「はいはい」と溜息交じりに応えた紗紀の指先が
触れたと同時に 俺はまた目を閉じた。
「職権乱用もいいとこだな」
そう言って呆れたように笑ったアイツの顔が
閉じた瞼の裏に浮かぶ。
知るかそんなもん。
権利ってのは使ってこその価値だ。
優秀な人材を集めて何が悪い、と言えば
紗紀以外の人事は人任せだったくせに?と
投げかけてくるガラス越しの視線が忌々しい。
幼馴染で親友で悪友でもあるコイツはいつも一言余計だ。
コイツを社の顧問弁護士に推したのが祖父でなければ
即刻解雇してやるものを・・・
「ねぇ夜桜見物しない?」
浮かんだアイツの顔を打ち消したのは紗紀の声。
指圧していた両手は俺の肩に置かれ
頬に触れるほど寄せられた唇。
感じる吐息が扇情的だ。
まったく今日はどうしたというんだ。
まだ花も見ぬうちに花酔いでもしたのか。