恋人達の時間
デスクの上の携帯が震えて定時を告げたのと同時に、私はパソコンの電源を落とした。
いつもなら、あと少し、もう少し……うーん、キリのいいところまで、と歯切れ悪く続けてしまう仕事を
今日は潔くあっさりと切り上げた自分を嘲笑しながら
急いでデスクの上を片付けてファイルをキャビネに戻しながら祈る。
お願いだから今日だけは誰も私に用事を頼まないでね。と。
私、人を恨むのは嫌なのよ?
残業なんて言われたら
恨むどころか呪って末代まで祟ってやるから。
疾風のようにロッカールームへ駆け込んだ私の「お疲れ様でした」の声がフェードアウトする。
途中でかけられた後輩の「珍しく早いですねー」なんて声にも
右手をヒラヒラと振って応えただけ。あの子に捕まったらそれこそ時間に間に合わなくなる。
こんな事になるのなら もう少し選べば良かったなと思う今日のスーツはベーシックなパンツスーツ。少しでも華やかにしたくてルージュを少し濃い目の色に変えてみた。
そして耳の後ろと手首の内側にいつもの香りも忘れずに。
彼が好きだと言った香り。
これでよし!…としよう。
駆け込んだエレベーターが下りる時間さえもどかしい。
彼に会えると思うだけで心臓が忙しなく騒ぎ出す。
ドアが開くのも待ちきれないなんて
いやだ。子供みたい。
やうやく扉が開いて飛び出すようにエントランスフロアに出る。
そんなつもりは無いのについ小走りになってしまう。
自動ドアまであと5メートル。
一旦立ち止まって深呼吸をした。