秘めた想い~紅い菊の伝説2~
 佐枝の様態はさほど心配するほどのものではなかった。頭を打ったのではないかと心配されていたが、そのようなことはなく、担ぎ込まれた病院でのレントゲンやCTの検査でも異常は認められなかった。ただ、全身の打撲は強く、佐枝は暫く動けずにいた。また不思議なことに右腕と右脚を骨折していた。
「でもよかった。大したことなくて…」
 半身ベッドを起こしている佐枝の傍らには美鈴、啓介、義男、孝、美佳と担任の福原が囲んでいた。佐枝は心配顔の美鈴の方を見て照れくさそうに嗤っている。
「本当よ。杉山君なんてあなたが落ちた後、半狂乱だったんだから」
 美佳は怒ったように義男を見つめる。
 義男は所在なさげに頭を掻いてみせる。
「それだけ心配だったんだろう。それでも大野と和田の処置は立派だったな。」
 福原は二人の処置を褒めた。
 実際二人の処置が早く、また適切だったので混乱も少なく、佐枝を速やかに病院に入れることができていた。
「それでも暫くは学校に来られそうもないな」
 福原は佐枝の様子を見て言った、
「先生、私が毎日ノートを持ってくるから大丈夫です」
 美鈴は福原の、そして佐枝の心配を払拭するように言った。
「そうだな、じゃあ鏡に頼むことにするか」
 福原は美鈴の肩に手を乗せる。
 そのとき、開け放たれた病室の扉から二つの人影が佐枝の方に近づいてきた。一人はくたびれたコートを手にした疲れた感じのする中高年の男、もう一人はビジネススーツを着こなした二十代後半の女性だった。
「おや、お嬢ちゃん。久しぶりだね」
 くたびれた男が美鈴の向かっていった。
「小島さん、久しぶりです」
 美鈴はくたびれた男に応えた。
 二つの人影は美しが丘署の刑事だった。男性の方は小島良といい、女性の方を結城恵といった。二人の刑事と美鈴は夏に起きた連続殺人事件の折に知り合っていた。
 夏に起きた連続殺人事件、それは美鈴達の同級生三人が首を絞められて殺され、一人の同級生が発狂した事件だった。当時の担任の野本義男が校舎の屋上から飛び降り自殺を図り、犯人とされた副担任の吉田恵子が拘置所の中でやはり自殺を図っていた。
 その事件の最中に美鈴は誘拐されかかっていた。
「刑事さんがどうしたんですか?」
 美鈴は素朴な疑問を小島達にぶつけた。
「いえ、今回のことは事故だとわかっているのですが、一応関係者の方に事情を聞いているものですから…」
 恵は同意を求めるように小島の顔を見た。 現在(いま)、各地の学校で『いじめ』の問題が深刻化しているのと美鈴達の学校は夏の事件からこちら美しが丘署でも神経をとがらせているから二人の刑事を向かわせたのだった。
「それじゃあ嬢ちゃん、その子から事情を聞いてくれ」
 小島はそこにいた美鈴達が彼らの訪問理由を理解したものとして恵に佐枝の事情聴取を任せた。
『嬢ちゃん』という呼び方を恵は心地よいものとは思っていなかった。何度か小島に抗議をしてみたが、彼には通じなかった。小島にとって自分より年の下の女性は皆『お嬢ちゃん』なのだ。
 恵は軽く頭を下げ、美鈴達は福原に促されて病室を出た。
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