秘めた想い~紅い菊の伝説2~
第二章
侵入
少女は机に向かっていた。
小学校に入るときに買い与えられた机はあちこちに傷や当時貼っていたシールの後などがあり、いかにも使い古されたものと主張していた。
その机上には一冊のノートが広げられていた。ピンクの花柄の表紙で飾られたそのノートには小さな鍵が掛けられるようになっていた。中のページは白く罫線が引かれていて、片隅には名も知れぬ花の絵が描かれていた。 少女は今日書き込んだ文章を眺めては機嫌良さそうに流行の歌を口ずさんでいた。
今や手書きの日記帳などは古いものとされていたが、ブログやツィッターなどのツールを少女は使いたいとは思わなかった。さりとて、彼女は携帯電話を持っていないというわけではなかった。それらを使うと疑似空間に自分の思いをさらけ出してしまうような気がしてどうしても好きになれないのだ。
特に杉山君、私の杉山君への思いは誰にも悟られたくはなかった。今日はその杉山君が私の方を見てくれた。胸が熱くなって、呼吸(いき)をするのも苦しかった。
きっと私の思いが彼に通じたのだ。だから私の方を見てくれたのだ。少女はそう確信していた。
「どうだい、思うとおりになっただろう?」
闇の中からあの声が聞こえてきた。
「なによ、あの女は死んでないじゃない」
少女は不満げに応える。
「そうふくれるな。まだ思いの強さが足りない状態ではあれでも十分なくらいだ。当分は『杉山君』には近づけないだろう?」
声の含み笑いが少女の耳にまとわりつく。「一つ提案があるんだが…」
声の言葉は粘着質のように少女の耳から首筋に伝わり、這い回る。
「なによ、提案って」
「私を受け入れてみないか?」
「受け入れるって…」
「私をお前の体の中に取り入れてみないかといっている…」
少女には声の言っていることが理解できなかった。
「大分持てるみたいじゃないか、『杉山君』って…」
声の言葉が次第に少女に近づいてくる。
少女の心に嫌悪感が沸き立ってくる。
「私を取り入れた方がいいぞ。お前の『杉山君』に近づいてくる邪魔者どもを誰にも知られずに始末できる」
声の言葉は少女にとって魅力的なものに聞こえた。確かに義男の周りには女子生徒が近づいていることがある。少女にとってそれは心の中に土足で踏み込まれたように感じるほど屈辱的なものだった。
そいつらを消してしまいたい。
それは何度も彼女の中に沸いてきた言葉だった。声を受け入れればそれが可能になる、それは少女にとってとても魅力的なものだった。
少女は自分でも知らないうちにゆっくりと頷き、声の提案を受け入れる意思表示をしていた。すると闇の中から赤黒く小さな光が少女の机の上に現れた。それは次第に大きく長くなっていき、少女の親指大の大きさになった。赤黒い光はいつしか消えていき、後には一匹のウジ虫が蠢いていた。
「さぁ、私を受け入れよ」
ウジ虫はそう叫ぶと少女の顔に飛びつき、左の耳に向かって這い始めた。
「嫌ぁ!」
少女の叫び声が闇に吸い込まれていった。
小学校に入るときに買い与えられた机はあちこちに傷や当時貼っていたシールの後などがあり、いかにも使い古されたものと主張していた。
その机上には一冊のノートが広げられていた。ピンクの花柄の表紙で飾られたそのノートには小さな鍵が掛けられるようになっていた。中のページは白く罫線が引かれていて、片隅には名も知れぬ花の絵が描かれていた。 少女は今日書き込んだ文章を眺めては機嫌良さそうに流行の歌を口ずさんでいた。
今や手書きの日記帳などは古いものとされていたが、ブログやツィッターなどのツールを少女は使いたいとは思わなかった。さりとて、彼女は携帯電話を持っていないというわけではなかった。それらを使うと疑似空間に自分の思いをさらけ出してしまうような気がしてどうしても好きになれないのだ。
特に杉山君、私の杉山君への思いは誰にも悟られたくはなかった。今日はその杉山君が私の方を見てくれた。胸が熱くなって、呼吸(いき)をするのも苦しかった。
きっと私の思いが彼に通じたのだ。だから私の方を見てくれたのだ。少女はそう確信していた。
「どうだい、思うとおりになっただろう?」
闇の中からあの声が聞こえてきた。
「なによ、あの女は死んでないじゃない」
少女は不満げに応える。
「そうふくれるな。まだ思いの強さが足りない状態ではあれでも十分なくらいだ。当分は『杉山君』には近づけないだろう?」
声の含み笑いが少女の耳にまとわりつく。「一つ提案があるんだが…」
声の言葉は粘着質のように少女の耳から首筋に伝わり、這い回る。
「なによ、提案って」
「私を受け入れてみないか?」
「受け入れるって…」
「私をお前の体の中に取り入れてみないかといっている…」
少女には声の言っていることが理解できなかった。
「大分持てるみたいじゃないか、『杉山君』って…」
声の言葉が次第に少女に近づいてくる。
少女の心に嫌悪感が沸き立ってくる。
「私を取り入れた方がいいぞ。お前の『杉山君』に近づいてくる邪魔者どもを誰にも知られずに始末できる」
声の言葉は少女にとって魅力的なものに聞こえた。確かに義男の周りには女子生徒が近づいていることがある。少女にとってそれは心の中に土足で踏み込まれたように感じるほど屈辱的なものだった。
そいつらを消してしまいたい。
それは何度も彼女の中に沸いてきた言葉だった。声を受け入れればそれが可能になる、それは少女にとってとても魅力的なものだった。
少女は自分でも知らないうちにゆっくりと頷き、声の提案を受け入れる意思表示をしていた。すると闇の中から赤黒く小さな光が少女の机の上に現れた。それは次第に大きく長くなっていき、少女の親指大の大きさになった。赤黒い光はいつしか消えていき、後には一匹のウジ虫が蠢いていた。
「さぁ、私を受け入れよ」
ウジ虫はそう叫ぶと少女の顔に飛びつき、左の耳に向かって這い始めた。
「嫌ぁ!」
少女の叫び声が闇に吸い込まれていった。