秘めた想い~紅い菊の伝説2~
第一章
冬
街路樹の葉が落ち、街角に灰色の空気が満ちている。人々は肩を竦めて通り過ぎていく。心なしか街の音も淋しげに聞こえる。
鏡美鈴はこの寒い季節が嫌いではなかった。
誰もが活気づく夏の騒がしさに比べて冬はしっとりと落ち着いた感じになるからだ。
母は冬は嫌いだという。
バイクに乗ったときに冷たい風が身を切るからだという。
同じ親子なのに好みは違うものなのだな、美鈴はそう思いフッと溜息をついた。
クリーニングから戻ってきたばかりの紅いマフラーの隙間から白い吐息が漏れ出ていく。 暖かいものが唇に触れる。
冬の淋しい夕暮れ、街灯の明かりが灯り始める。
美鈴は一人家に続いている道を歩いていた。
いつも一緒にいる佐伯佐枝は部活動の日だった。榊啓介と杉山義男はサッカー部の練習だ。
部活に入っていない美鈴は時々こうして一人で帰ることがあるのだ。
学校から家までは歩いて十五分ほどだ。その道のりの半分は比較的大きな道路を行く。だから辺りが暗くなっても割と安心していられる。
だが美鈴は気を緩めることができなかった。この通りで夏に誘拐されかかったことがあったからだった。そのときは母の機転で事なきを得たのだが、それ以来美鈴はその場所を意識してしまうようになっていた。
美鈴の歩みが少し速くなる。
早くその場所から離れたかったからだ。季節が変わったというのに心の傷は未だに癒えてはいなかった。
その場所が近づいてくるたびに鼓動が早くなり胸が締め付けられる。美鈴の膝が、指が、細かく震えてくる。駆けだしてしまいたいのだがそれができない。
(大丈夫、もう何も起こらないんだから…)
美鈴は自分にそう言い聞かせて気持ちを奮い出させる。
そして、その場所を通り過ぎたとき、美鈴は深い溜息をついた。
いつになったらこの感じがなくなるのだろう、美鈴は未だに纏わり付く恐怖から逃れられる日を待ち遠しく思った。
再び歩き出した美鈴の視界に見慣れた背中が映る。サッカー部の練習に出ているはずの杉山義男だ。榊啓介の姿はどこにもない。どうやら何かの理由があって一人で行動している様子だった。
美鈴は彼の背中に不審なものを感じた。
きっと佐伯佐枝には伝えていない行動なのだろう。
美鈴と啓介、佐枝、義男は小学校から一緒の幼なじみだった。幼い頃は泥だらけになって頃が回りもしていたのだが、今はお互い何となく異性を意識するようになっていた。口にこそ出さなかったが、佐枝は義男を憎からず思っているようだった。
義男は幾つかの角を曲がり、暗くなった公園に入っていった。
暗い中の公園は不気味だった。
昼間は子供たちが集い、笑い声に満ちていた空間も今は闇の中に沈んでいる。その闇の中で該当の僅かな光を受けて使い古された遊具たちが浮かび上がっている。
義男は人もいないのに揺れているブランコの一つに腰掛けた。どうやら誰かを待っているようだった。手には封筒のようなものを持っている。
美鈴は何となく察しがついた。
待ち合わせの相手は女子のはずだった。
鏡美鈴はこの寒い季節が嫌いではなかった。
誰もが活気づく夏の騒がしさに比べて冬はしっとりと落ち着いた感じになるからだ。
母は冬は嫌いだという。
バイクに乗ったときに冷たい風が身を切るからだという。
同じ親子なのに好みは違うものなのだな、美鈴はそう思いフッと溜息をついた。
クリーニングから戻ってきたばかりの紅いマフラーの隙間から白い吐息が漏れ出ていく。 暖かいものが唇に触れる。
冬の淋しい夕暮れ、街灯の明かりが灯り始める。
美鈴は一人家に続いている道を歩いていた。
いつも一緒にいる佐伯佐枝は部活動の日だった。榊啓介と杉山義男はサッカー部の練習だ。
部活に入っていない美鈴は時々こうして一人で帰ることがあるのだ。
学校から家までは歩いて十五分ほどだ。その道のりの半分は比較的大きな道路を行く。だから辺りが暗くなっても割と安心していられる。
だが美鈴は気を緩めることができなかった。この通りで夏に誘拐されかかったことがあったからだった。そのときは母の機転で事なきを得たのだが、それ以来美鈴はその場所を意識してしまうようになっていた。
美鈴の歩みが少し速くなる。
早くその場所から離れたかったからだ。季節が変わったというのに心の傷は未だに癒えてはいなかった。
その場所が近づいてくるたびに鼓動が早くなり胸が締め付けられる。美鈴の膝が、指が、細かく震えてくる。駆けだしてしまいたいのだがそれができない。
(大丈夫、もう何も起こらないんだから…)
美鈴は自分にそう言い聞かせて気持ちを奮い出させる。
そして、その場所を通り過ぎたとき、美鈴は深い溜息をついた。
いつになったらこの感じがなくなるのだろう、美鈴は未だに纏わり付く恐怖から逃れられる日を待ち遠しく思った。
再び歩き出した美鈴の視界に見慣れた背中が映る。サッカー部の練習に出ているはずの杉山義男だ。榊啓介の姿はどこにもない。どうやら何かの理由があって一人で行動している様子だった。
美鈴は彼の背中に不審なものを感じた。
きっと佐伯佐枝には伝えていない行動なのだろう。
美鈴と啓介、佐枝、義男は小学校から一緒の幼なじみだった。幼い頃は泥だらけになって頃が回りもしていたのだが、今はお互い何となく異性を意識するようになっていた。口にこそ出さなかったが、佐枝は義男を憎からず思っているようだった。
義男は幾つかの角を曲がり、暗くなった公園に入っていった。
暗い中の公園は不気味だった。
昼間は子供たちが集い、笑い声に満ちていた空間も今は闇の中に沈んでいる。その闇の中で該当の僅かな光を受けて使い古された遊具たちが浮かび上がっている。
義男は人もいないのに揺れているブランコの一つに腰掛けた。どうやら誰かを待っているようだった。手には封筒のようなものを持っている。
美鈴は何となく察しがついた。
待ち合わせの相手は女子のはずだった。