秘めた想い~紅い菊の伝説2~
 翌朝、義男は校門の近くで絵里香が来るのを待っていた。彼の気持ちは重かった。昨日の絵里香からの申し出は嬉しかった。誰でもそうだろう、告白されて嬉しくない人間はいない。だがその告白を受けるかということは話が違ってくる。昨日の佐枝の言葉もある、単純に断るのには気が引けた。
 だがこのままにしていても良くはない。だから義男の気持ちは重かった。
 朝の校門付近の光景はとても賑やかだ。友達らとはしゃぎながら登校する者、一人で黙々と歩いてくる者、自転車で登校してくる者、様々な生徒達の姿で溢れていた。
 その中で義男は絵里香の姿を探していた。大人しい彼女はきっと一人で登校してくるだろう、義男はそう思っていたが、その予測は裏切られ、絵里香は友達と二人で歩いてきた。 絵里香と一緒に歩いている女子生徒を義男は知っていた。三崎優花という二学期に転校してきた生徒だった。絵里香と同じように大人しい彼女のことを義男が覚えているには理由があった。
 一学期の頃、啓介と廊下を走っていた義男は女子生徒とぶつかり、彼女の軽いけがをさせてしまった。その女子生徒が優花だった。 義男は優花と歩いてくる絵里香を見て今話しかけるのは好ましくないと感じてその場を立ち去ろうとした。しかしその姿を絵里香は見逃さなかった。
「杉山君…」
 少しおどおどしているが喜びを感じている絵里香の声が義男の足を止めた。
「おはよう」
 義男の傍に近づくと絵里香は朝の挨拶をした。
「やあ、おはよう」
 絵里香をやり過ごそうとしていた義男の挨拶はどこかぎこちなく聞こえた。
 二人の様子を見て何かを察したのだろう、優花は絵里香に「先に行っているね」と声を掛けて去って行った。
 絵里香は何かを言い出したい様子でおどおどしている。
「昨日はありがとう」
 義男は絵里香を待っていた目的の一つを口にした。
「ううん、気にしないで。私が勝手にしたことだから…」
 絵里香の声はやっと義男の耳に届いた。登校する生徒達の流れの中、立ち止まっている二人は異質なもののように思われた。二人を避けていく生徒の中には好奇の視線を投げてくる者もいた。絵里香の体はその視線に反応しているかのように微かに震えていた。
 こういう中では話を切り出しにくい、義男はそう感じて絵里香を促して歩き始めた。
「今日、一緒に帰れますか?」
 絵里香は精一杯の結城を振り絞ったように義男に言った。
「部活があるから遅くなるけど?」
「いいんです。待っていますから…」
 下を向いて応える絵里香を見て、義男は可愛いとさえ思った。
 この子は佐枝にないものを持っている、佐枝のように騒がしくない、自分が好みだと思っている子なのではないか、義男の心が揺れた。
「でも、暗くなっちゃうよ」
「いいんです、待つのは嫌いじゃないから…」
 そんなやりとりをしながら二人は校庭を横切り校舎に近づいていった。
 そのとき、異変が起こった。
 けたたましい音を立てて校舎の三階の窓ガラスが割れて絵里香に降り注いできた。
「危ない」
 それに気づいた義男が絵里香の体を突き飛ばした。しかしガラスの破片はその軌道を変えて絵里香の体に突き刺さった。
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