秘めた想い~紅い菊の伝説2~
『もの』とは美鈴の一族に伝わる『この世のものではない存在』を指す言葉だった。霊魂や妖怪の類の総称と理解してもいい。それらは肉体を持たず意志の力で存在している。多くの『もの』はそれぞれのテリトリーのようなものを持ち平穏に暮らしているが、まれにこの世のものに強く干渉してくることがある。 その動機の多くは『憎悪』だった。
 いわれのない形で肉体を失った者がそのきっかけを作った者に対して報復を行う。それが『もの』が生きる者に対して干渉してくる原因であった。
『もの』には独特の『色』がある。
 穏やかに暮らす『もの』は澄んだ青白い光に包まれている。そうした色の『もの』は生きる者に対して積極的な干渉はしてこない。互いの存在する世界を自らが棲み分けている。 しかし、赤黒い『もの』には強い憎悪の心が住み着き、生きる者に対して積極的に干渉してきて、場合によっては命を奪うことがある。
 美鈴達の学校で夏に起きた連続殺人事件は、こうした『もの』が引き起こしていた。
 虐められていた生徒、吉田沙保里が命を奪った生徒達に対して報復を行い、三人の命を奪い、一人を発狂させたのだ。しかもその際に当時の副担任吉田恵子に取り憑き犯行を重ねさせていた。
 こうした事件の最中、美鈴は『もの』が見えるようになった。そして、否応なしにこの事件に巻き込まれることになった。
 それ以来、美鈴は自分の周囲の『もの』を注意するようになった。赤黒く、悪意を持った『もの』の存在に注意するようになった。 幸いこれまでそのような存在を感じるようなことはなかった。『もの』の存在がなくなったのではなく、自らが棲み分けている『もの』の存在を多く感じられていたのだ。
 しかし、また注意すべき『もの』が姿を見せた。義男に取り憑き、彼の周囲の者に強い干渉を見せていた。
 まだ命を奪われた者はいない。それだけが救いだった。だが、このままでいられるという保証はない。『もの』はその憎悪を増大していく傾向がある。このまま放置していればいずれそうした者が出ることは明らかだった。 早く招待を見極めなければ、美鈴は義男の背後にいる『もの』に精神を集中させていった。深く、深く、『もの』本質にたどり着くように…。
 しかし『もの』はその正体を明らかにはしなかった。そればかりか、招待を突き止めようとしている美鈴をあざ笑っているようでもあった。『もの』のあざ笑う声に呼応して、その光は明滅を繰り返していた。まるで脈を打つようにその赤黒さを増したり、減らしたりしていた。
 普通『もの』の光は明滅したりはしない。精神だけの存在である彼らの思いは、一定であったり、徐々に強まったりはするが、脈打つような変化はしない。
 この『もの』は何かが違う。
 美鈴がそう感じたとき、突然強い力で彼女は後方に突き飛ばされた。
 傍らにいた啓介も、正面にいた義男も、彼女を助けることができなかった。
『私にかまうな!』
『もの』は美鈴の心の中に強い言葉を叩きつけると義男の背後から姿を消した。
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