秘めた想い~紅い菊の伝説2~

マゴット

 義男の命を奪い損ねた理恵の前に啓介と美鈴が立ちはだかった。啓介はその手に青く光る剣を持ち、美鈴は紅い髪を逆立て、紅い目をまっすぐに理恵に注いでいた。
「お前達は…」
「榊啓介。『祓い屋』さ」
 啓介は青い剣を担いで理恵に向かって名乗った。だが美鈴、『紅い菊』は名乗ることをしなかった。
「さて、結城理恵に憑いている者よ。離れて貰おうか」
 啓介の剣が理恵の胸元に向けられる。
「『もの』よ。姿を現せ」
『紅い菊』は理恵に詰め寄る。
 だが、理恵は腕を組み二人を見下している。
『私はそうしてもいいのだが、この娘は死ぬぞ』
 理恵の声は再び別のものに変わった。
『私はこの娘の奥深くに入り込んでいる。今やこの娘は私が憑いていることで生きながらえている。私という存在がなくなれば、この娘の命もなくなる』
 声は相変わらず勝ち誇っている。
 啓介は躊躇った。
 理恵から離さなければ彼女に取り憑いている『もの』を祓うことは難しい。だがそれは彼女の命を奪うことになる。
 それは啓介には出来なかった。
 だが『紅い菊』は違っていた。
「それがどうした?」
『紅い菊』は不敵に嗤っていた。
「その娘がどうなろうと私には関係がない。私はお前さえ仕留められればいい」
 そう言うと『紅い菊』は理恵に飛びかかった。
「よせ、美鈴!」
 啓介は『紅い菊』に向かって叫んだ。
 だが『紅い菊』はそれを聞き入れず、理恵に向かってその爪で引き裂こうとした。
 理恵はそれを紙一重でかわし、勢いをあまった『紅い菊』に強い念を放った。『紅い菊』はそれをまともに受け、フェンスにその身体を叩きつけられた。
 その隙に啓介は理恵の背後に回り込む。
『紅い菊』は唇の端から流れ出た血の一筋を手の甲で拭い、敵意の籠もった目で理恵を睨み付ける。理恵はそんな彼女に続けざまに念を放つ。
 それらの念は『紅い菊』の急所を捕らえることなく、四肢の付け根を貫いていく。まず自由を奪い、いたぶろうとしているようだった。
 しかし『紅い菊』の戦意は萎えることなく、いつでも理恵の隙を突けるように彼女から目を離さない。そして理恵もまた『紅い菊』をいたぶるのが楽しいとでもいうように彼女から目を離さない。
 そのとき二人は啓介の存在を忘れていた。 これは好機だ。
 啓介は思った。
 今なら理恵の隙を突くことが出来る。
 啓介は素早く周囲を見回し、老朽化によって崩れ落ちたコンクリート片を見つけた。それを手に取り、理恵に向かって投げつけた。 ドスッ。
 鈍い音を立ててそれは理恵の脇腹にめり込んだ。その瞬間、理恵の神経は『紅い菊』から逸れた。
 そのときを逃さず、『紅い菊』はそれまで溜めていた念を理恵の方に一気に解放した。 理恵の身体が宙を舞い、屋上に通じる扉に叩きつけられた。
 理恵は一瞬唸って気を失った。
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