秘めた想い~紅い菊の伝説2~

終結

 マゴットは高らかに嗤い、理恵の血を撒き散らしながら二人を弄んだ。何度も叩きつけられた二人の身体には血が無数に滲んでいた。 それでも『紅い菊』はマゴットに対して念を何度も放ったが、それらはすべてマゴットによって無力化されてしまった。
 啓介もまた剣を手放してしまったため打つ手がなくマゴットにされるがままになっていた。
 マゴットは手を緩めなかった。
 弾き飛ばし、叩きつけ、二人を弄んでいた。『私が何故この娘を宿主にしたか教えてやろう』
 マゴットは次第に血の塊と化していく二人に言った。それでもまだ手を緩めない。
『この娘はそこに倒れている男に発情していた。そしてその男に近づいてくる女に嫉妬していた。そこで私は娘に力を貸してやった。近づいてくる女を排除してやった。それと同時に娘には夢を見させてやった。男が話しかけたり、見つめたりという夢を見させてやった。そうして私はこの娘の魂と肉体をしゃぶってきたのだよ。発情し、嫉妬に狂っている人間の魂ほど旨いものはないからな』
 マゴットの嘲りは頂点に達した。
「発情だとぉ」
『君らの言う恋とか愛とかいう奴だよ。そう言うのって行き着く先は生殖だろう?』
 マゴットの嗤いは止まらない。
『それを発情って言うんだよ!』
 マゴットの声が辺りに響く。
 それは空間を裂き、屋上のコンクリートの床を激しく揺らした。
 階下の教室から生徒達の悲鳴が響く。
 コンクリートの倒れ込んだ啓介と『紅い菊』は今の状況を打開しようとマゴットの隙を狙っていた。しかし僅かでも動こうとするとマゴットは容赦なく強い念を放ってきた。
『お前達が呼ぶ恋愛なんてものは、所詮肉と粘液が交わり合う刹那的な快楽に行き着くための手段に過ぎない。それがお前達の性質であり本能なんだ』
 マゴットは面白そうに啓介の顔を覗き込む。 ククッという咽の奥を鳴らす音が聞こえてくる。
「それは違うわ」
 傷だらけの身体を引きずって『紅い菊』は立ち上がった。だがその左目からは紅い光が消えていた。
『紅い菊』の中から美鈴の魂が浮かび上がろうとしていた。
「お前の言うことは恋愛の一部の側面に過ぎない。私たちが求めるのは生涯を通じて理解し合えるパートナーよ。恋愛はそのためにあるの!」
 棒立ちになった美鈴の身体に強う念の力が加わり、再びコンクリートの叩きつけられる。
『そんなものは詭弁だ。お前達が求めるのは一瞬の快楽だ』
 マゴットは美鈴の身体を消滅させようと強い念を溜め始める。マゴットの注意が美鈴だけに集中した。
 その隙を啓介は見逃さなかった。
 血だらけの軋む身体を無理矢理に起こし身体ごとマゴットに体当たりをした。
 マゴットの身体はバランスを崩し、中空に浮かんだ身体が大きく揺らいだ。
 そこへ再び『紅い菊』に支配された美鈴の身体が飛びかかり、その鋭い爪がマゴットの原を深く切り裂いた。
 マゴットの悲痛な叫び声が周囲の空気をふるわせた。卵黄色の体液が辺りに飛び散る。そこへ青い剣を手にした啓介が魔物の身体を袈裟懸けに斬った。
 断末魔の叫び声を上げてマゴットは屋上の床に叩き付けられた。
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