秘めた想い~紅い菊の伝説2~
「なにが無理よ」
 少女は声に言った。
「一度に二人は無理だ。どちらか一人にしろ」
「どうして…」
 少女は声の言うことに不満を持っていた。邪魔者はできるだけ早く消さなければならない。そうしなければ私の義男君が汚されてしまうからだ。義男君の傍に居られるのは私以外いないからだ。
 だが、声の言葉はそっけなかった。
「今のお前の思いでは一人が精いっぱいだ。それも精々怪我をさせるのがいいところだ」 少女は声の言うことを受け入れなければならないのだろうと思った。
「それならこっちの女」
 少女は美鈴の顔写真を貼った焼けた藁人形を指差した。
「そいつは無理だな」
 声はまたもそっけない返事をする。
「なぜよ」
「そいつには力の強い何かが憑いている。お前の呪いなど跳ね返されてしまうぞ」
 声の言葉は少女にとって冷たいものに聞こえた。
 それならば、選択肢は一つしかない。
 少女はもう一方の藁人形を指差した。
「賢明な選択だ。三日以内に実行してやるよ」
 声は不気味な含み笑いをした。その笑い声には闇の底から湧き上がってくる邪まな響きが含まれていた。
 少女は踏み込んではならない領域に足を入れてしまったことを感じた。
 もう後戻りはできない、心の中の何かが少女に話しかけた。
「あなた、何者?」
 少女は声の正体を知りたいと思った。
 何者かわからないものに自分の運命(さだめ)を託したくはないと思ったからだ。
「私が何者かは問題ではない。私はお前の望みを叶える者だ。」
 声は相変わらす嗤っている。
「私の望み…」
「そう、おまえが思いを抱いているその男をお前のものにしてやる」
 そう言うと声は少女の前から気配を消した。 そして少女は間もなく声の言ったことが本当のことだと知ることになった。
< 9 / 37 >

この作品をシェア

pagetop