If.~魂の拠所~
目の前が、赤い。何もかもが赤くて目の奥が痛くなる。
――わたしは、何をしている?
何も分からなかった、何も分かりたくなかった。けれど、全部分かってしまっていた。
赤くて熱い場所からゆっくりゆっくりと抜け出す、視界が急に開ける。
そこには、泣き喚く女と、辛そうな表情の男と、座り込んだ少年。
誰だろう、この人間達は、知らない。知りたくない。だけど、やっぱり本当は知っていた。
「レーテ!」
「レーティア、お前……生きて……っ」
悲鳴に近い声を上げて、三人が同じように喜色満面に駆け寄ってくる。
抱き付かれ、泣き付かれ、そして頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。
気分が良い筈なのに、気分が悪い。口角はぴくりとも反応せず、上がらないままだ。
どこか他人事のようにその光景を眺めていると、不意に頭の中を声が過った。
コロセ、と。
何を?いったいわたしは、何をコロセバいい?
『――全てさ』
何の抵抗もなく頭に滑り込んできたしゃがれ声は、何より心地よかった。
抱き付いて泣きじゃくっている女の首を強い力で掴む。
次の瞬間、辺りに鮮やかな赤が飛び散った。
赤、人間の驚愕の瞳、恐怖を孕んだ高い悲鳴。
全てがわたしの心に染み込んで、それが当たり前の事のように楽しかった。
そうだ、全部壊してしまえばいい。心地よい声に従って、コロシテしまえばいい。
その方がよっぽど、よっぽど楽しいじゃないか!
「あははははははははははははっ!」
焼けた少女の体が、さも楽しげに腹を抱える。
長い哄笑が、赤と熱気に霧散して天に昇る、それが誰に届くのかも知らずに。
脳の中で、心地よい声が嘲笑を含んで何かを呟いた気がした。
『可愛い人形、ボクの為に壊して壊して、壊されておくれ』
そうしていつかボクが誰より偉くなったら、必ず救いをあげるから。
廃れたままの村に着いたひとりの青年が、小さく溜め息を吐いた。
後方から遅れてやってくるふたりに対してなのか、廃れて無人と化した村に対してなのかは分からないが、何かに疲れ、そして確かにその金の瞳は影っている。
ここから、全てが始まったのだ。
――どこで終わるのかは、僕達が決めるのだろう?
「遅いぞ」
「はいはーい、ごめんね?」
「すみません、つい。景色が綺麗だったんです」
のほほんとしたふたりの声に、再び自然と息が漏れる。
人間でない者の、人間への執着の物語。
もし、あなたの大事な人が生き返るとして
もう一度その人に会えるとしたら
あなたは、いったいどうしますか?