帰らない二人―彼の鍵―



「佐々さんも。今年もお疲れ様」
「え?」


横にいたことを忘れてしまっていた横井さんが急に私にそう言った。
改めて言われた言葉に首を傾げると、横井さんはにっこりと笑って続けた。


「いつも営業から戻った時に、佐々さんが受付で『おかえりなさい』っていってくれるの、オレ結構癒されてる」


少し照れたようにそういう横井さんを私もなんだかどう反応していいかわからなくて、少し俯いて笑うだけ。

だけど、そんな私をじっと横井さんが見つめるものだから、気が動転して慌てて何かを言わなければと焦って口を開く。


「あ··っ、そ、そんなこと。き、北中さんなんて、私にいっつも横柄なんですから!車のキーなんて放り投げるのもしょっちゅうで···」
「え?アイツそんな雑なことしてんの?会社の車なのに」
「そうなんです!でも全然なおらなくて!」


私の言うことに同意してくれるように聞いて反応してくれる横井さんに、少し嬉しくなって私はつい前のめりになって話をしてしまった。

ふと、ああ。興奮しすぎだ。と我に返った時に横井さんがいつもよりも柔らかい声で言った。


「佐々さん、この後、予定は?」


その誘いがどういうものなのか位私にだってわかったけど。

気がない男の人の誘いについていくなんて頭、さらさらなかったけど。


でもスッパリと断れるほど強くもなくて、なるべく角が立たないように、とやんわりお断りしようとした。


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