帰らない二人―彼の鍵―
と、言うことは、今私は北中さんと二人になったというわけで。
そんな事実が嬉しいやら、恥ずかしいやら、気まずいやら。
何も言葉を発せずに目を泳がせていたら、急に北中さんが耳元で囁いた。
「――佐々、こっち」
その声は今まで聞いたこともないような艶っぽい声で。
私はその一言だけで心臓が跳ね上がってそれと同時に顔を上げる。
そして私が顔を赤く染める刹那――――
北中さんは私の手首を掴んで事務所から素早く出た。
それはホント、一瞬の出来事で。
ビルの廊下に出て手を引き歩かされている状況が未だに把握できないでいた。
私はただ、眼下で掴まれている自分の右手と、北中さんの背中を見つめるだけ。