焼け木杭に火はつくか?
「誤字、一つにつきビール一杯奢りなさいよ」

考え込んでいる良太郎など気にもとめず、いつもの夏海らしい口調で言われた言葉に、良太郎は「えぇーっ」と悲鳴を上げた。
グルグルしていた思考などピタリと止まって、良太郎は喚きだした。

「そんなヒドいですよ、暴利ですよ。というかですね。誤字なんて」
「あったわよ。情けないったらありゃしない」

そんなバカなと反論を試みるより先に、原稿の上を走る赤いペンに良太郎はがくりと頭を垂れた。

「サトルくん。この店で一番小さいグラス、出して」

力ない声でそう言う良太郎に、聡はにたりと笑う。

「その姉さんに飲ますなら、大ジョッキだな」
「俺の味方じゃないのかよっ」
「店の利益が優先じゃ」
「ひでーっ」
「おメーを敵にするか、夏海姉さんを敵にするかって言ったら、答えは一つだべ」

けらけらと笑う聡に、良太郎も「確かに」と頷き、力なくうなだれた。

「お待ちどうさん。ほい。梅酒のソーダ割り」

戦意喪失で腑抜けのようになっている良太郎の前に、聡はグラスを置いた。
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