焼け木杭に火はつくか?
-出版するにあたり、若干の手直しをお願いしたい。
-詳しい話をする時間を作って欲しい。


野口と名乗った出版社の社員から電話口でそう告げられ、恐る恐るといった足取りで待ち合わせにと指定された場所を訪れ、そこにいた父親に近い年齢の男性と話をしていても、良太郎はどこかまだ夢を見ているような気分だった。

良太郎がその夢心地の世界から現実世界に引き戻されたのは、書き上げた小説が単行本という形になって書店に並び、一週間が過ぎようとしていたころだった。

基本的には小心者のくせに、時々、妙に大胆になると言われているその性格が、災いしたのか、幸いしたのか。良太郎は、本名をそのまま筆名ペンネームにしていたため、それを目にした数人の友人たちが、これはあいつじゃないのかと気付いたらしい。

寮や大学の構内で、一人二人と声をかけられ確認され、照れ交じりに「実は、そうなんだ」と答えることを繰り返し、ようやく、両親にすらまだその事実を伝えていなかったことに良太郎は気付いたが、遅かった。
携帯電話で慌てて母親に電話を入れたものの、良太郎が話しだすより先に、道代は喚き出した。
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