焼け木杭に火はつくか?
「客商売してるヤツは、大抵、客の顔って覚えてるって」

大したことじゃないと言い切る聡に、いや、すごいことだよと良太郎は言い続けた。

「なによりさあ。サトルくんにそんな特技があったっていうのか、意外っていうか。だって、九九覚えるのも大変だった人なのに」
「ありゃ、なんか不吉な呪文みてーで、気味悪かったんだよ。途中で間違えたら、後ろから化け物にでも食われそうだべ、九九って」

眉間に皺を寄せた顔でそういう聡に、良太郎は思わず大きな声をあげて笑った。
そのうち何かで使えるかもしれないと、まだ笑いが治まらず震えている手で、良太郎はノートに書き止めた。


九九は呪文。
間違えるとお化けにがぶり。


ノートにそんなことを綴りながら、いくつになっても発想がすっ惚けた面白い人だなと、良太郎は聡を見た。

「この近くに用事でもあって、寄っただけじゃねえかな」

そんなにちょいちょい来ることねえと思うけどな。
笑う良太郎を尻目に聡は淡々とそう言葉を続けた。
良太郎は首を傾げ、すぐにさっきの客の話だと気付いた。
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