桜 音
その日は日曜日で、学校は休みだった。
あの桜の木の下で、依の演奏を聞いていた。
「私、依の奏でる音、好きだなぁ」
二人で肩を寄せ合い座る。心地良いそよ風が吹いて、桜の花びらが舞った。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。色葉は何か趣味とかないの?」
趣味かぁ……。
「本を読むのが好きかな」
「本?」
「うん。私、小さい頃は一人も友達がいなくてね、あ、今は二人くらいいるんだけど。それで、変だって思われるかもしれないけど、本だけが私の友達だったの」
本が、色んなことを教えてくれた。
喜びも、悲しみも、怒りも、友達も、家族も、夢も―――恋も。
「そうなんだ。確かに、色葉って国語が好きだよね」
「そうなの。数字見たら、目が回っちゃう」
この世から数字は排除されて、文字だけが増えればいい。
「依はやっぱりどんな教科よりも音楽が好き?」
「そりゃ、まあ、音楽科だしね」
音楽かぁ。いいなぁ。
そんなことを考えながら、うとうとしてきたときだった。
「ねぇ、色葉。妖狐とお姫様の話、知ってる?」
「ようこ?」
「狐の妖怪のこと」
「さぁ……。知らないや。どんなお話?」
わくわくしながら聞いてみると、依のその瞳に、一瞬だけ、哀しみの色が宿った。
たまに、あるのだ。
楽しそうに笑っていても、ふとした瞬間に何か辛いことを思い出したような顔になり、今みたいな瞳をすることが。
「……嫌なら、話さなくても大丈夫だから」
「……あ、ううん。そういう意味じゃないよ。話そうか」
たくさんの時が流れた今でも、よく覚えてる。
忘れられるわけがない。
忘れない。
……そう。
たとえ、“何度生まれ変わったとしても”。