紺碧の海 金色の砂漠
『旦那さま……私は……私は』


シャムスの大きな瞳から涙がこぼれる。

彼女はクアルン女性の鏡だ。夫の言葉に従い、どんなときも夫を立てる。妻にしたばかりの女性と離れたい男はいない。だが、ターヒルにとってはアッラーに誓った主君――ミシュアル国王が最優先なのであった。

そしてまた、その思いをわかってくれるシャムスを、ターヒルは深く愛していた。


『万にひとつ、私が死んでも見苦しく騒いではならぬ。そして、子供ができておらぬときは婚姻を無効として嫁げるよう、認(したた)めておいた。どうか新しい結婚をして、幸福に』

『いいえ! 私もアッラーに誓いました。旦那さまの名誉を回復し、生涯を寡婦として過ごす覚悟はできております』


思いのほか強いシャムスの口調に驚きながら、ターヒルは妻の言葉を受け入れる。


シャムスの髪を覆うヒジャブの裾を手に取り、彼は布の端に軽く口づけた。

それだけで、サッと背中を向け、サディーク王子に礼をしてターヒルは馬に飛び乗った。

ターヒルの背中にシャムスの声が響く。
 

『アッラーがお守り下さいますように(アッラーフヤハミーカ)』


その言葉は何より強い“お守り”であった。 


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