紺碧の海 金色の砂漠
『同志をセルリアン島に送り込み、ヤイーシュの動きを封じたというのに。まさか、あなたがこの国におられるとは……』

『……アルの頼みだ。断るわけにはいかない』

『ミシュアル国王のせいで婚約者を失いながら、それでも命令には従われる、と。美しい兄弟愛ですな』

『命令ではない! 奴が自ら歩み寄り、私に頼みごとをするなど……よほどの事態だ。国は捨てたが、神と家族は捨てていない。引き受けた以上、命に代えてもアーイシャ妃とその御子は守る。――アッラーの名にかけて』
 

ふたりは早口すぎて舞には理解できない部分も多い。


だが“兄弟(シャキーク)”という単語はしっかりと聞き取った。


「兄弟? 兄弟って……ひょっとして、アーデル……いや、アディール王子?」

「笹原でいい。アーディル・ビン・カイサル・アール・ハーリファという名前もある。だが……笹原公平(ささはらこうへい)のほうが覚えやすいだろう」


声は似ているが温度が違う。

ミシュアル国王ならすぐに怒鳴るところだが、この笹原は常に抑制されたトーンで話すのだ。

そして舞は思い出した。彼の名前が“公平さ(アーディル)”を示す言葉だ、と。
 

『それはそれは立派な心構えですな。やはり、王位継承権は捨てても、保守的なあなたこそ王位にふさわしい。ラシード王子では国が割れるやも知れぬ。ミシュアル国王も最期によいことをされた。こうして、あなたを呼び戻されたのですからな』   


舞の耳に飛び込んできた“死ぬ(ヤムートゥ)”という単語に心臓が大きく跳ね上がり――。
 

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