八神姫
 そこはどちらかというとごくごくありふれた感じのする家。ただ、どういうわけか人々が群がって家の中を覗き込んでいるのが不思議といえば不思議なのだろう。しかし、その人々も家の前に牛車が止まったのをみると、蜘蛛の子を散らすように一目散に姿を消している。彼らにとって、牛車に乗るような相手というのが、自分たちとは関わりをもつようなことがあるはずのない人種だということをわかっているような行動。そして、女はゆっくりとした足取りで、牛車から降りているのだった。


「姫、いかがなされますか」

「妾が一人で参る。お前たちはここで待っておいで」

「しかし、そうは申されましても……」

「聞こえなんだか。妾が一人で参る。その方が相手も安心するだろうし」


 そういうなり、女は扇で顔を隠すようにして、家の中へと入っていっていた。彼女の歩いた後には、伽羅の香りがそこはかとなく漂い、その身分が低からぬということを物語っている。そして、家の中にいた人物は伽羅の香りとともにあらわれた相手の姿をみると、思わず平伏しているようだった。その前におかれているのは白木の三方。ただし、そこにのっているのは、そこにのせるのが正しいのかと思い、目を背けてしまいたくなるようなもの。


「こなたか。昨夜、都に出たという鬼の腕を取ったという武士は」


 屋敷にいたときとはまるで違う威圧感さえ感じられる気配をまとい、口を開く女。それに対して、男はただ小さくなっているだけのようにも見える。


「はい。左様でございます。昨夜のこと、夜更けに都大路を歩いておりましたところ、身なりの卑しからぬ女が一人でおりました。いかにここが主上のおわす都とはいえ、女が一人でいるのは危ないと思い、声をかけました」

「そうだったのか。それは大儀であったの。主上もこなたのようなものがそのような心がけでおるのを喜ばれることであろう」


 鷹揚に声をかける女であるが、その目が三方の上にあるものからそらされることはないようだった。しかし、平伏しているためか、男はそのようなことには気もついてはいない。


「ただ、その女は夜更けだというのに一人で通りを歩いておりましたので、どこかおかしいと用心しておりました。すると、急にその女はわたしのほうを振り向いて、笑い出したのです。それは、どう考えても人のものとは思えないような笑い声で、思わず、腰のものでその女に切りつけました」
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