八神姫
 男の話に女はじっと耳を傾けたままでいる。そして、男の言葉が途切れたとき、部屋の中はどこか重苦しいような沈黙が流れているようだった。


「で、その時に切り落としたものが、これだというのか」


 ようやく、女が口を開く。それを待っていたかのように、男は言葉を続けていた。


「左様でございます。そして、これこそ主上がお心をいためておられた鬼の腕と思いまして、このように持ち帰った次第でございます」

「よくやったの。褒めてつかわす。ところで、こなたはその鬼とやらの顔を覚えておるのか」


 女のその声に、男は何を言うのだろうかというように顔を上げていた。それにあわせるかのように、女は自分の顔を隠していた扇をはずし、男に己の顔をさらしている。


「そ、その顔は……」


 女の顔をみた男の恐怖に満ちた声が部屋の中に響いている。しかし、女はそのようなことは意にも介さず、三方の上におかれた上を取り上げている。


「これは返してもらう。これは鬼のものではないゆえに」

「ど、どうして……お、お前は夕べの鬼ではないのか……」

「笑止。妾をそのような下劣な輩と一緒にするでない」


 そういうなり、女は十二単の左の袖口をめくり上げると、三方の上にあった腕を傷口にあてている。すると、不思議なことに、腕はみるみるうちに生気を取り戻し、何事もなかったかのように女の腕になっている。


「そのようなことができるのが鬼ではないというのか」

「妾は八神に連なるもの。八神は神の分かれであり鬼であろうはずがない。もっとも、禁裏というところは我ら八神の者でも鬼とならざるを得ない場ではあるがな」


 そういうなり、にっと笑ったその姿は神というよりはまさしく鬼と表現した方がいいものなのだろうか。男は自分の見たことが信じることができぬような顔をして呆然としている。そして、ようやく己の腕を取り返した女は勝ち誇ったような顔で男を見下ろしている。


「主上に妾が鬼だと告げる勇気があるか。いくらこなたがただの武士とは言っても八神の名くらいは知っておろう。主上は信じないであろうの。おぬしは、これを持っていたことで命拾いをしたと思っておおき」


 そういい捨てるなり、女は十二単の裾を引きずると、外で待っている牛車に乗り込んでいた。残された男はというと、どこか呆けたような表情のまま、女が去っていくのを見送るしかないようだった。





―了―




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