雨が見ていた~Painful love~
『バーカ』
『クソ美』
『俺にこんなことさせる、オマエが悪い』
『アホか。』
『このクソオンナ』
悪魔の顔して
鬼のごとく私をイジメるキョウちゃんは目の前のどこにもいない。
俺様で
ワガママで
唯我独尊なキョウちゃんもどこにもいない
幼なじみで
兄妹の様に育ったキョウちゃんもどこにもいない
いるのは……
昨日の自分と、過去の自分を超えるためだけに泳いでいる“藤堂響弥”というスイマー。ただそれだけ。
誰よりも真摯に
誰よりも真剣な瞳をして泳ぐ、彼の姿だけ。
1頭身だけだったその差が1頭身半になり、150Mのターンを決め、その差が2頭身近くになっていた頃、私は胸の中に芽生えた不思議な感情に囚われて身動き一つ取れなくなってしまっていた。
「すっげぇ~!!
150Mのタイムが1分32秒15!!」
「コレ…
上手くいけば世界新記録だぞ!!
2分7秒31を超えるタイムが出たら……世界新記録で予選突破だ!!!」
拓真くんと喜多川君はアドレナリンたっぷりの興奮した口調で、眼をしっかとあけて、キョウちゃんの泳ぎを見守っている。
なのに……
私の心の中には、言いようのない隙間風が吹いていた。