NY恋物語
食事の後、私はすぐに
ヨーコの部屋へ戻るつもりだった。
店を出て通りで拾ったタクシーに
私を送ってホテルへ戻るという
鳳と一緒に乗り込んだ。
「莉奈さん」
「はい」
「ひとつ お願いがあるんですけど」
「はい」
「もう少しだけ… あと一軒だけ
俺に付き合ってくれませんか?」
「でも…」
「食後のコーヒーが飲めなかったかわりに
ね?莉奈さん。いいでしょう?」
一杯だけ!と、私に向って手を合わせ
年下の特権をフルに活用して
甘えています、と言わんばかりの笑顔で
懇願するように誘われてしまったら
一刻も早く戻りたいと気持ちは逸っても
無碍にはできなかった。
落ち込んでいた私を温かく励ましてくれたのは
他でもない、この鳳だ。
「本当に一杯だけだから。…ダメ?」
小首を傾げた切なげな視線に絆されて
私は頷いた。グラス一杯分の時間で
彼の親切に少しでも報いることができるのなら
それでいい。
よし!と小さく拳を握った鳳は
タクシーの運転手に行き先の変更を伝え
満足げな微笑を私に向けた。
その微笑に胸が甘く疼いた。
私と一緒に過す時間を
こんなにも嬉しく思ってくれるなんて・・・
この人に愛されたら、今よりずっと穏やかで
幸せかもしれない。この人はきっと
私だけのヒーローになってくれるだろう。
アメリカンヒーローになってしまった秀明とは違う
私だけのヒーローに・・・
「着きましたよ」
鳳の声に思考を遮断され
我に返った私はタクシーを降りた。
彼に手を引かれ歩くこと数メートル。
ここです、と鳳が足を止めた店の前で
私は息を飲んだ。