NY恋物語
「ここは…」
「あれ、ご存知でしたか?」
知っているも何もこの店は
NYで過す一日の終りを締めくくる場所だった。
街を歩いた日も、ショッピングをした日も
秀明の試合の後も、この店のカウンターで
肩を寄せ合いグラスを合わせてから
秀明の部屋へ戻るのが習慣になっている
一番思い入れのある場所だった。
「この店、煩すぎず静かすぎず
落ち着いていて好きなんです。
NYに来たら必ず寄る
俺のお気に入りの店なんですよ」
「…鳳さん」
「はい」
「我が儘で申し訳ないのですが、ここは…」
「はい?」
「ここには… 入りたくないんです」
「どうして?何か嫌な想い出でも?」
「いえ… その逆」
「え?逆?……あ!あぁ…そうかぁ
そうだったんだ」
鳳は苦笑いを浮かべて
「選ぶ店、間違っちゃったな」と
後ろ手に頭を掻いた。
「ごめんなさい…」
「いえいえ。
最後に悪足掻きしようなんて思ったから
罰が当たったんですよ。俺」
「悪足掻き?」
「真剣に莉奈さんを口説こうと思ってました」
「まあ!」
「あわよくば、その後
俺の部屋へ連れてっちゃおうか、とも」
「鳳さん…」
「不埒な事、考えてちゃダメですね」
ハハハと今度は声を上げて
苦笑いした彼が 胸元から
小さな紙片とペンを取り出して
何か書き込むと私の掌に乗せた。