NY恋物語

「気をつけて」

「鳳さんも」

「何か困った事があったら…ってもう必要ないか」

「そんなことないです。心強いです。ありがとう」

「じゃあ……　お元気で」

「貴方も」


歩み去る鳳の伸びた背中は
見惚れてしまうほどで
その見た目だけでない彼の魅力に
胸が小さく痛んだ。


でもやっぱり…
私には秀明しかいない。
誇れるものなど何も無いけど
秀明を愛する気持ちだけは誰にも負けない。
愛されたいと願う想いも。それだけで十分だ。
相手が何者でも自分がどうであっても
恋しいと思う気持ちに理屈なんてないのだと
今は思う事が出来る。これも鳳のおかげだ。


遠ざかり小さくなっていく背中に
「ありがとう」と呟いて
私は小さなライトに照らされたドアを押した。


「元気」は今しがたまで一緒に居た鳳に
分けてもらった。
今度は　秀明と二人寄り添い
グラスを傾けながら
ゆっくりと語り合ったこの店で
「勇気」を貰って、それから戻ろう。


何もかも普通で何の取りえもない自分を
奮い立たせるために。


小さくひとつ息を吐いて店の中に入ると
普段とは比べものにならない
賑わいだった。静かなこの店も
クリスマスの夜ばかりは別なのだろう。


人波を縫って進み、私たちがいつも座る
最奥のカウンター席が見えてきたところで
私は金縛りにでもあったかのように
動けなくなった。