NY恋物語
「見て」
言われるままに
私は彼女の視線の先を追った。
「向こう側に見える高い建物。
あれが秀明のアパートメントよ」
引越しをしたとは聞いていたけれど
周りの環境も建物の佇まいも
春に来た時の以前の住居との
あまりな違いに私は目を見張った。
「全米オープンの後でここに引っ越したの。
セキュリティも万全で仕様もハイクラス。
VIPでリッチでなきゃ住めない
高級アパートメントよ」
エントランスの内側から漏れる明かりに
大柄な屈強そうな男の姿が浮かび上がる。
セキュリティチェックの為のガードマンだ。
ガラスのドアの外側には
カメラを抱えた人影が行き交っていた。
「あれ、雑誌や新聞の記者よ?
鋭い日本刀のような静寂と
青白い焔のような情熱を秘めた
ニューヒーローから
何か面白いネタは出ないかと
狙ってるのよ」
学生時代から注目されていた
プレーヤーだった秀明は
昔から自分の周りで騒がれることを
嫌っていた。
世界の強豪と渡り合える
申し分ない実力があるだけでも
注目を集めるのに十分なのに
それに加えて
鍛えられた体躯とのバランスも絶妙な
長身と長い四肢。
おまけに精悍なマスクとくれば
騒がれない方が不思議なのだけれど
本人は「ワケがわからない」と
訝しがるばかりだった。
そんな彼のことだ。
こんなにもたくさんのパパラッチに囲まれて
さぞや居た堪れない思いでいることだろう。
「そして、いい?ミズ綾川。
アナタはその絶好のネタなの。
わかる?
今まで穏やかでいられたのは
太平洋を隔てた距離のお蔭ね。
アナタも知っての通り
秀明は誠実で真面目でお堅いから
これまで浮いた噂ひとつなかったわ。
あまりにも女の影がないから
ホモだのゲイだの、そんなゴシップも
出たほどよ?」
知らなかった。
有名になった副産物とはいえ
そんな根拠のない事を
記事にされてしまう秀明が
気の毒でならない。
「でもクリスマスの休暇に
日本から恋人が来たとあれば
彼らは黙ってないわ。
明日の朝にはアナタの顔は
全米に知れ渡る。
そして1週間後の成田でも
フラッシュの嵐が出迎えて
アナタ 一躍時の人よ?
よかったわねぇ、綾川莉奈さん。ご感想は?」
何がよかったわね、よ。
そんなの、いいわけがないじゃない!
「・・・最悪だわ」
そんなことになったら・・・
困るのは私よりも秀明だ。
彼はきっと私を守るために
全力で対処して
疲れ果ててしまうだろう。
そして私を慮って
別れると言い出すかもしれない。
ううん。秀明のことだ。
きっと言うに違いない。
嫌だ。そんな事になるのは
絶対に嫌だ。死んだって、イヤ!
「彼の迷惑になるようなことは
しないわ」
この嫌味な女に助けてもらって
それが避けられるのならば
百万回だって頭を下げる。
「賢明ね。舞い上がってるだけの
おバカさんじゃなかったか」
愛しい秀明に会える事だけを思って
舞い上がっていたのは本当だ。
USオープンでベスト4入りした後の
過熱報道は、当の秀明が居ないこともあって
日本では一時的なものだった。
ノドもと過ぎれば、というやつで
報道が静まっていくのと並行して
私の内での高揚も徐々に薄れて
世界レベルのヒーローも
それまでと変わりない私の恋人である
秀明だとしか思えなくなっていた。
だから、ヨーコには感謝だ。
能天気な私に最もリアルな形で
秀明が今、置かれている立場というのを
教えてくれたのだから。
「ヨーコさん」
「何?」
「モーテルでもどこでも構いません。
どこか泊まれる場所を
探してください。お願いします」
「OK」