愛を叫んで地に堕ちて〈全イラスト41枚つき恋愛ホラー〉
「じゃ、なんで……!」

「俺には、実体が無いからです。
 ただの意識、思念の塊なので、生身の人間に触れられると、この姿を保っていられません。
 ……そして。
 もう一度、この姿を作り上げられるほど、俺の力は残っていない……」

「……は?」

 彼の言っていることの意味が判らず。

 首を傾げた母親に、男は微笑んだ。

「俺のカラダは、ここから離れた、マンションの浴室にあります。
 あなたの目の前に居るのは、生き霊ですよ。
 ……もっとも、もうすぐ命の尽きる、死にかけですが」

「は……あ?」

 いきなり生き霊、と言われても、目の前に居る男には、足も影もあり、人間に見える。

 ただ『普通の』と言い難いのは、その、整い過ぎる顔と左手首から流れる血。

 そして、彼がしゃべっている内容ぐらいだ。

 ますますワケが判らずに、怪訝な顔をする母親に、青年はもう一度、微笑むと。

 男は、次に、母親が押していたベビーカーに目を向けた。

「本当は、すれ違いざまにちらっと見るだけにしようと思ったけれど。
 母上に引き止められてしまったよ。
 だから君に、挨拶をして、逝くことにするね」

「……え?」
< 5 / 90 >

この作品をシェア

pagetop