夏の夜の海辺で【短編】
ろく
海はとても穏やかだった。
いつもと同じように波打ち際に腰をかけ、お尻を並べれば相手の足はちゃぷちゃぷと波に浸かってしまう。
それをぼんやりと眺めながら、私は開封されたお菓子に手を伸ばした。
「なんか平和だなー」
「……うん、平和ー」
こんな気ダルげな会話でさえ、平和。
そんな他愛ないことを言い合っては、お互いに顔を合わせて笑う。
「……なんかさ」
「うん」
みゃあみゃあと、うみねこが鳴いているのが聞こえた。
「すっごい、すんーっごい好きだった人がいてさ」
「青春だねぇ」
「うん、まぁね」
それから波の音も。
「………。」
「……ふ。それで?」
「え、や、なんで笑ったの?……まぁ良いけどさ。で、頑張って頑張って、付き合うことになってさ」
「へぇ、おめでとう。初恋が実ったかんじ?」
「そ、実ったかんじ。けれども、結局ダメだったんだよね」
別れちゃった。
友達に言うときはとても重く感じていた言葉が、あまりにもすんなりと出てきて私は笑った。
「なんかさ、他に好きな人出来ちゃったんだって。それから、私といてもトキメキがないとかかんとか……」
結局、一緒にいてドキドキしていたのは私だけと言うことか。
あのときは、とてもとてもこんなことを言える状態でも、ましてや考えることだって嫌だったのに。
「……ごめん」
相手の視線は海に向けられたままだ。
「何が?」
「ぜんぶ」
「………?…ど……、っ」
どういうこと?そう問おうとして、私は言葉を止めた。
隣に座る相手はこちらに身を乗り出して来たかと思うと私の背中に手を伸ばし、引き寄せた。
つまる話、簡単に言ってしまえば抱き寄せられた。
「俺の良い所であり、悪い癖でさ」
相手の少し低めな声が耳元で聞こえてドキリとする。