ウッドレーン
帽子
茜色がさした空に舞い落ちる枯葉のシルエット。ビル街を抜けて人通りの無い道を早足に歩きながら、裕作は身震いをした。制服のブレザーだけでは心許ない初冬の寒気に、身体の芯までが凍り付きそうだ。幅のあるマフラーで鼻までを覆い、更に歩調を早めた。
「ただいま」
裕作の声が、真っ暗な家の中にかすかに響く。今日も、誰もいないようだ。スリッパをつっかけると、気味の悪いほど片付いた家を余所のうちのように静かに歩き、彼は二階への階段に足をかけた。
自室までの道程が、昔はとても嫌いだった。ぎしぎしと鳴る階段を一歩進むたび、息を潜めて辺りを見回したりした。今では日常の一つに組み込まれ、そんな緊張感はすっかり忘れている。
自室に入ると裕作は電気をつけ、すぐに制服を脱いだ。着心地の良いスウェット姿になると、半纏を羽織って机に向かう。
来月はセンター試験だ。正直、マークシートは性に合わないが、少しでも合格の可能性を広げる為に受けておきたい。予備校は休みの日だったが、自宅でもじっとしていられなかった。
裕作はかじかむ手でシャープペンを持つと、すぐに頭に小難しい勉強を詰め込みはじめた。勉強は好きではない。ただ、現役で受からないといけないという、義務感に駆られていた。
ふと、下の階から音がした。電話だ。裕作は一瞬動きを止め、それからぱっと席を立って小走りに電話をとりに行った。
「はい、廣瀬です」
「こんばんは、夜分遅くにすみません。小早川と申しますが、裕作くんいらっしゃいますか?」
電話の主は、クラスメイトの小早川夕里子だった。おれだよ、と裕作が答えると、ほっとしたような溜め息が聞こえる。
「ごめんね、裕作くん、メアド知らないから、こんな遅くに電話なんて」
「いや、いいんだ。おれに連絡なんて珍しいね。どうかした?」
「あした、空いてる?」
夕里子は裕作の小学生の頃からの知り合いだが、中学に入ってからはプライベートで遊びに行くことはおろか、普段でさえ余り会話しなくなった相手だった。
「明日は模試があるけど、夕里子は受けないの?」
「私はもう推薦で行き先が決まってるの。当て付けだなんて思わないでね。最近の裕作くん、見るたび勉強しているから、息抜きしないかなって」
裕作は履いていたスリッパを爪先で転がしながら、電話台に肘をついた。
「模試が終わってからなら良いよ。明日は午前だけだから」
「ほんと?じゃあ、14時に駅前に集合なんだけど、来られる?」
「間に合うよ」
「じゃあ、14時に駅前の銅像の前でね!皆いるから。それじゃあ」
「うん、また明日」
受話器を置いて、ふと気が付く。皆いるから……
裕作はスリッパを履き直して半纏をきつく合わせると、ゆっくりと自室に向かった。
< 1 / 2 >