主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
今日だけは山姫には遠慮してもらおう――


きっと理解してもらえるはずだと考えた晴明は幽玄町の主さまの屋敷へその旨を書いた式神を飛ばし、仕事の手を休めて息吹と一緒に部屋の片づけをしていた。

…仕事部屋は見事に散らかっていていっそのこと清々しいほどに掃除のし甲斐がある。

筆を洗ったり転がっている巻物を棚に直したりしながらも、息吹は主さまとの夫婦生活を一切口にしなかった。


「十六夜とはどうだい?うまくやっているかい?」


「うん、大丈夫。主さま昼間はいつも寝てばかりだけど、夫婦になってからは少し早く起きてくれてるしご飯一緒に食べてるし、大丈夫だよ」


「そうか。…せっかく1番美しい時期なのに屋敷に引きこもってばかりではもったいないねえ。時間の無駄が多いな」


まだ新婚ほやほやなのだから、自分だったら寝る時間さえ惜しんで一緒の時間を作るが…あの大妖はそういったところにまで考えが及んでいないのだろう。

息吹がここへ来たのは自分を慰めてくれるためか、もしくは自身の寂しさを紛らわすためか――


「さてひと段落ついたね、ありがとう息吹。これからどうするんだい?」


「え?父様と一緒に居ます。お仕事するでしょ?部屋の隅っこで遊んでるから気にしないで。道長様から借りてる『源氏の物語』まだ全部読んでないから楽しみにしてるの」


にこにこしている息吹は、小さな頃からそう言っては部屋の隅で式神と貝合わせをしたり昼寝をしたり…引っ付いて離れない時期があった。

大きくなった今もあの頃と同じことを言っては早速畳に巻物を転がして熟読している息吹を横目でみつつ、久々に穏やかな気分になれた晴明は、心の中で山姫に謝罪をした。


…山姫とは夫婦になったが、息吹とは元々本当の親子ではない。

だが本当の娘と思って一生懸命育ててきて、通常の親子関係よりも絆はぐっと深いという自負もある。

山姫と居て楽しいが…息吹と一緒に居る時はもっと楽しいと感じてしまう自身を怒りつつ、晴明は腕を伸ばして息吹の頭を撫でると小さなため息をついた。


「選択を見誤ったかな。ここまで美しくなったのだから、そなたを妻にすればよかったねえ」


「…えっ!?ち、父様!?…私も小さかった時思ったことがあるよ。“父様みたいな素敵な人と夫婦になりたいな”って」


「よし今からでも遅くはない。そなたと山姫を妻にして幸せな家庭を築こう。十六夜と勝負をして絶対に勝つからね」


…冗談とも本気とも取れず、にっこりと微笑んだ晴明の肩が揺れているのを見た息吹も思わず噴き出し、笑い声が響いた。
< 10 / 593 >

この作品をシェア

pagetop