主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
明け方幽玄町の屋敷に戻った主さまは、誰も居ない自室の襖を開けると、隣の息吹の部屋だった襖を開けてその姿を捜した。


…もちろん、息吹は居ない。


1ケ月前ならば当たり前の光景だったが、ひどく落ち込んだ主さまは半身が捥がれたような心の痛みに着物の胸元を強く握りしめながら床に腰を下ろした。


「……怒鳴るつもりじゃ…」


晴明に懐いてまとわりつく姿は見慣れているはずなのに、どうして怒ってしまったのか?


それはきっと…夫婦になっても息吹の傍にずっと居れない鬱憤が溜まっているせいだ。


今までは平安町で暮らしている息吹会いたさに睡眠時間を削って会いに行って、寝不足のまま百鬼夜行に出ることも厭わなかった。

…が、今は息吹が隣に居ることに慣れてしまって、いつでも会える息吹に安心してしまって、息吹が“私のことは気にしなくていいからちゃんと寝て”という言葉に甘えてしまって――


その結果、息吹が寂しい思いをしていることにも気付かず、この様だ。


「…俺のことが怖かっただろうな」


怖がらせるつもりではなかった。

あんなに怯えた瞳で見られたのは…はじめてだった。


こんなにも愛しているのに、それを素直に伝えることができず、息吹をずっと不安にさせていたのではないだろうか?

…百鬼夜行から戻って来た時、息吹の寝顔を見れるだけでどんなに幸せか…疲れが吹き飛ぶか…そんな想いを伝えるべきではないだろうか?


「…息吹…」


まるで片恋のように焦がれて、今すぐ平安町まで駆けたかったが…またあんな瞳で見られたらと思うと身が竦んで動けなくなった。

忸怩たる思いで、息吹から貰った鈴と帯飾りにしている髪紐を取り出した主さまは、それらをぎゅっと握りしめて瞳を閉じた。


「…会いたい…息吹…!」


――もし離縁を望まれたら…一体自分はどうなるだろうか。


やっと手に入れた愛しい女が離れて行こうとしたら…気が触れるかもしれない。


「…お前を愛しているのに…」


問題は、それを息吹本人になかなか伝えられないでいることだ。


矜持とは別の問題で、素直に本音を吐露することのできない気難しい性格であることは自身が1番理解している。

今まで何度も息吹に伝えようと心掛けてきたが、いざ息吹に見つめられると緊張してしまって結局ふて寝をして誤魔化してしまう。


「だが今日は…」


謝って、想いを伝えて、頭を下げよう。

誠心誠意を持って伝えて、どれほど大切に想っているか…打ち明けるんだ。

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