主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
いつもの癖で、息吹が寝ている左側を空けて、息吹の居ない空間を眠らずにじっと見つめていた主さまは、玄関の前に止まった牛車の音を聴きつけて動揺した。


「…しっかり伝えなければ」


勇気を振り絞って身体を起こしたが、庭側の障子越しに息吹の影が映ると反射的にまた横になって背を向けてしまい、意気地なしの自身に歯噛みした。

すると、すらりと障子が開き、じっと見つめられている気配がした。

秋に差し掛かったにも関わらず、妙な汗をかいてしまった主さまがじっと気配を殺していると…障子が閉まった。


「…?どこに……、ああ…雪男の所か」


雪男はぶっきらぼうながら息吹に対して恋心をしっかり伝えていたようだし、それにも関わらず息吹とはいつものように仲が良く、今までどれだけ嫉妬してきたことか――

“主さま”という立場が邪魔をして偉ぶって、どうとも思っていないふりをしてはいらいらして…結局全て自分がいけないのだ。


「…素直になれないのは親父譲りだ。俺のせいじゃない」


父の潭月(たんげつ)のせいにして開き直った主さまが息吹になんと話しかけようかと悩んでいた時――


悩みつつもずっと息吹の気配を辿っていた主さまは、息吹の気が乱れたのを感じて部屋から飛び出すと、猛然と地下室の階段を下って開きっぱなしの戸を潜った。



「息吹!?どうした!?」


「雪ちゃんが…雪ちゃんがおっきくなってる!」



――少し目を離した隙に、外側の氷は寝台をはみ出る大きさになり、青白い核は息吹が両腕を広げた程の大きさになり…


ぎくしゃくしていたはずの2人は顔を見合わせると、視線を戻した息吹が氷を撫で回して雪男に呼びかけた。


「雪ちゃん!聴こえるっ?すっごく大きくなってるよ、わかるっ?」


息吹の呼びかけに反応するかのように青白い核がぴかっと光り、息吹は白い息を吐きながらその点滅する光に見入った。


「雪ちゃん…私嬉しい…!主さまも嬉しいでしょっ?」


「…ああ。…だが早く戻って来るな」


「え?…あ、主さま…?」


息吹の細い身体を背中から抱きしめた主さまは、振り返ろうとする息吹に顔を見られまいときつく抱きしめて、熱い息と共に耳元で囁いた。



「息吹…すまなかった。もう絶対怒鳴らない。お前が少し離れているだけで身が引き裂かれそうだった。お前を大切にする。百鬼夜行は早めに切り上げる。…それでも俺と離縁したいか?」


「え…、離縁…!?主さま…何を言って…」


「お前を…あ、あ…、愛しているんだ。好きで離れているわけじゃない。俺には俺の務めがある。だがお前のことが1番大切だ。だから離縁は…」


「ちょ…主さま?離縁って…なんの話?」



突然の主さまからの愛の告白に頬を赤く染めつつ、振り返れない状況に息吹は混乱しつつも、突っ走る主さまの手を軽く叩くと、微笑みながら口を開いた。
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