主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
晴明の屋敷は、主さまの屋敷よりも遥かに広い。

息吹の日課は、まずひとつひとつ部屋を見て回り、観察しては掃除をすることだ。

そして気が付いた。

各部屋の柱に、星の形が合わさった印が描かれた紙が貼られていることに。

ただし息吹の背の届かない場所に貼られてあり、雑巾を手にただただそれを見つめていると、探されていたのか晴明が息吹を見て腰に手をあてながら首を傾げた。


「何をしているのかな?」


「これはなあに?」


「ああ、これは魔除けの札だよ。悪しきものがここへ入れないようにしてあるのだ。剥いではいけないよ。それより気になることが」


そう言いつつ息吹が握りしめている雑巾をさっと奪うと、息をついた。


「掃除は式神がやるから、そなたはじっとしていなさい」


「じっとできないの。主しゃまにもよく怒られた」


「ふふふ、そなたに手を焼く姿が目に浮かぶな」


ーー晴明と主さまが親しい間柄にあることは知っていたが、どんな関係性なのかは幼い息吹にはまだ理解できていない。

導かれるままに客間へ移動すると、茶器と菓子を用意した式神の童女が深々と頭を下げた。


「主しゃまとは仲がよかったの?」


「ああそうだねえ、彼奴は私の育ての親だよ」


「え…っ?晴明しゃまのお父しゃまとお母しゃまは…」


「居ない。私は幼くして主さまと呼ばれている彼奴の元で育った。成人してからは幽玄町を出てここで暮らしている」


晴明と自分は同じだ。

父も母もなく、しかも主さまに育てられた。

この上ない親近感に、息吹は金平糖をひとつ手に取ると、晴明の膝に上がって口の中にねじ込んだ。


「晴明しゃまと私、おんなじだね」


「そうだね、ただし私はそなたと違って人ではないのだ。半分は人で、半分は狐の妖なんだよ」


妖に耐性のある息吹は、それを素直に受け入れた。
しばし、ふたりが金平糖を食べる音が部屋に満ちる。


「狐さんなら尻尾とお耳があるんでしょ?」


「あるんだけれどねえ、私は人として生きて行く方を選んだから、隠しているんだよ。見たいかい?」


息吹の脇腹をこちょこちょくすぐると、きゃあと声を上げて畳を転げ回る息吹に心から和む。


ひとりでは、体験できなかった。

ふたりなら、一体これから何を体験してゆくのだろうか。

この子に何を教えてやれるだろうか。


未知数の未来に想いを馳せる。
< 228 / 593 >

この作品をシェア

pagetop