主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
その夜、主さまが百鬼夜行に出た後、誰も入れたことのない山姫の自室の襖が僅かばかり開いた。

こそっと顔を出して中を覗き込んでいた晴明を見つけた山姫は、童子を叱り飛ばすわけにもいかずに晴明を手で招き寄せた。


「本当は主さまさえ入れない部屋なんだけどねえ。なんだい?寂しいのかい?」


「一緒に寝て」


心細げに紺色の浴衣の長い袖をぎゅっと握った晴明は、山姫と一緒に風呂に入ったことでさらに打ち解けており、その気持ちが伝わっていた山姫は仕方なく床を指すと、寝るように指示をした。


「先に寝てな。あたしはもうちょっと起きてるから」


「うん」


頭上から飛び出だした白くてふわふわな耳をぴょこぴょこ動かして少しだけ笑顔になった晴明に笑いかけた山姫が机に向かっていると、背中に晴明の視線を感じて振り返った。


「なんだい、じっと見るんじゃないよ」


「一緒に寝て」


「それはさっき聴いたよ。あたしは主さまが留守の間この屋敷を任せてもらってるんだ。だからまだ寝るわけにはいかない。あんただけ寝てな」


「じゃあ…見てる」


床に横にはなっているが、頑として寝ようとしないので、晴明の方に身体を向けた山姫は、晴明に言い聞かせた。


「これからはあたしが葛の葉の代わりになってあげるけど、あたしの言うことを聴いてもらわないと困るんだ。追い出されたくなければあたしと主さまの言うことだけは聴きな。返事は?」


じっと見つめると、晴明の頬が微かに赤くなった気がしたが…

童子にとんと興味のない山姫は晴明の返事を待たずにふいっと身体ごとまた机の方に向けて筆を取り、作業に没頭していた。


「母様は…どうやって殺されたの?」


「さあ、あたしは知らないよ。主さまは葛の葉とあんたの父親が死んだことを知ってるみたいだから、帰って来たら聴くといいよ。……晴明?」


鼻を啜る音がしたのでまた振り返ってみると、晴明は両手で顔を覆って必死に嗚咽を堪えている。

胸が痛んだ山姫はため息をついて筆を置いた。


「今日だけだよ。…今日だけであたしはこの台詞を何べん言ったんだろうねえ…。明日からはあんた1人で違う部屋で寝るんだ。返事は?」


「うん」


鼻と瞳を真っ赤にさせた晴明の横になった山姫は、腕を伸ばしてきた晴明を抱きしめてやり、胸に頬を摺り寄せてくる童子を鼻で笑った。


「甘えん坊の鼻たれ」


そしてすぐに晴明の寝息が聴こえて寝顔を見つめていると、山姫も眠たくなってしまい、2人はそれから朝まで眠りこけてしまった。
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