主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
元々食事などしないのに、冷たい味噌汁と白米、冷ました焼き魚と漬け物・・・自分用に作ってくれた料理を前に、雪男は呆然と突っ立っていた。


「あ、あのさ、俺は飯なんて食わな・・・」


「妹が作ってくれたのに、食えないと?」


にっこりしながら見上げてくる朔が異常に恐ろしく、ささっと正座した雪男は、もごもご言い訳をした。


「俺、妖だし・・・主さまが付き合えばいいじゃんか・・・」


「もちろん食うとも。お前は食うのか食わないのかどっちだ」


「く・・・食います・・・」


威圧感は先代を遥かに凌ぎ、それも息吹譲りの笑顔で言われると、有無を言わさぬ迫力も相まって、拒否など到底できない。

行儀正しく仲むつまじくしている朔と朧を端で見るのはとても楽しいが、なにぶん自分の存亡も関わっているので、変な汗が止まらない。


「ご、ご馳走さん」


「おいしかった?」


「もちろん!お前はいい嫁さんになるよ」


ぱっと顔を輝かせた朧にしまった、と思ったのも束の間ーー


「へえ」


単調で無機質な“へえ”だったが、隣の朔の顔が見れない雪男が固まる。


「兄様、私お風呂に入ってないの。兄様と一緒に入りたくて待ってたの」


「ああそうか、じゃあ一緒に入ろう。こすり合いっこするか」


「やったっ」


無邪気に喜ぶ朧を抱えて立ち上がった朔は、目を合わさない雪男をじっと見下ろす。

基本、壮絶な美しさの朔と目を合わすことのできる者などそうそう居ないのだが、雪男は違う理由で朔と目を合わすことができないでいた。


「な、なあ主さま・・・俺を見つめるの・・・やめて・・・」


「・・・風呂に行ってくる」


性格は父親譲り。

雪男はかなり年下の朔に、すでに弄ばれていた。
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