主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
「え…?あんた…ここを出て行くのかい?」


晴明が山姫に静かに打ち明けると、山姫は瞳を見張って手拭いを落とした。

山姫にいつまでも童子扱いされたくない晴明はゆっくり頷いて縁側に腰掛けると、山姫も怖ず怖ずと隣に座って晴明の横顔を見つめた。


「突然…どうしたんだい?まさか…ここがいやに…」


「そういうわけではない。父母が遺してくれた屋敷に戻りたいと思っただけだよ。…複雑そうな顔をしているが、何故だ?」


「でもあんた…料理できないだろ?だれがあんたの世話をするんだい?」


「式神が居る。山姫…私はもう童子ではないぞ。いつまでも餓鬼扱いされては困る」


最近いつも着ている白い直衣の裾を払った晴明は、山姫の心を見抜いていた。


…自分が離れていくのが寂しいと感じていることを――

現に山姫は膝に視線を落とすと何か考え込んでいる。

気を引くことに成功した晴明は、山姫の肩をそっと抱き寄せて空を見上げた。


「あんたは…いつまでも餓鬼だよ。あんたがちゃんと一人暮らしできるのか心配なだけさ」


「ふむ、必要であれば妻を娶って世話をしてもらう。…なんだその顔は」


ぱっと顔を上げて唇を噛み締めた山姫の様子にほくそ笑んだ晴明は、掌に伝わる山姫の身体のあたたかさをもっと感じようとしさらに強く抱き寄せた。

そこで抵抗に遭ったが、強いものではなく、主さまが百鬼夜行に出る間独り屋敷を守っている山姫を案じた。


「そなたは戦いに慣れていない。離れていくのが不安だ。式を置いて行くから何かあればすぐに飛ばしてくれ」


「…ふん、あんたに助けなんか絶対求めないからね。それにあんたみたいな青二才の元に嫁ぐ女なんて居るもんか」


「そうか?私は意外と女に人気があるのだよ。だからいきなり屋敷を訪れるのはやめてほしい。見たくないものをみてしまうやも」


――山姫は肩に置かれた晴明の手のあたたかさに“離れ難い”と感じてしまった。

そしてそんな気持ちをおかしいと自分自身で否定すると、晴明の脇腹を突いて立ち上がり、背を向けた。


「あんたの屋敷なんか絶対行かないよ。早く行きな。これで毎日料理を作らなくて済むからせいせいするよ」


鼻で笑いながらつっけんどんに言ったが…晴明の反応はない。

気になって振り返ってみると、さっきまで隣に居た晴明は…いつの間にか姿を消していた。


「…晴明?」


呼びかけても答えはない。

山姫はいつまでも晴明が座っていた場所を見つめて立ち尽くしていた。
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