主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
晴明が眠った後、山姫は少しの間枕元に座って寝顔を見ていた。
…“陰陽師になる”と言って主さまの屋敷を度々留守するようになってからは、少しだけ余所余所しくなった晴明――
その原因が一体何なのかわからずに悩んだ時期もあったが、こうやってまた頼ってくれたのだから、今はそれでいいと思った。
「寝顔も変わらないねえ」
いつの間に“男”になってしまったのだろうか?
手も大きくなったし、喉仏だって出ているし、童子の頃の面影は全くない。
だんだんこうして手を離れていくのかと思うと少し寂しい気分になった山姫が小さなため息をついた時、晴明の瞳が開いた。
「…幽玄町に戻るのか?」
「ああ、そろそろ主さまが起きてくるだろうからね。…主さまは口には出さないけど、あんたが百鬼に入らなかったことを悲しんでるよ。あんたは主さまのお気に入りだから」
「…十六夜の気に入りはそなたなのでは?」
「は?なんか今すごくおかしいことを言われた気がするねえ。主さまは特定の女を作らないんだ。それにあたしも主さまに興味がないしね。あんな我儘男、こっちから願い下げだね」
そう言い放つとなぜかほっとした表情を浮かべた晴明の顔に見惚れてしまった山姫は、首を振って腰を上げると背を向けた。
なぜか一刻も早くここから立ち去らなければならないと思ったからだ。
「あんたは勘違いをしてるよ。あたしもそろそろ男を食いたいんだけどねえ、主さまの傍に居るとなかなか……な、なんだい?」
「なんでもない。十六夜か…あの男が特定の女を愛する日など来るのか?私にはそれが想像できぬが」
「さあね。でももしそんな女が現れたら、主さまは苦労するだろうねえ。ああ見えてもあの方は純情だと思うんだ。ま、あたしたちはそんな主さまをからかって遊んでやろうよ」
「ああ。山姫…よかったらまたここに来てくれ」
「主さまへの愚痴を聴いてくれるんならいつでも来てやるよ」
なんだか晴明を見ていると恥ずかしくなってしまった山姫がそそくさと屋敷を後にすると、枕元に用意してくれた氷水の入った盥を引き寄せて起き上がった晴明は、ふっと笑みを零した。
「いっかな私の想いが通じてはいないな。まあいいか、そこも可愛らしいところだ」
この時はまだ余裕があった。
この時は――
…“陰陽師になる”と言って主さまの屋敷を度々留守するようになってからは、少しだけ余所余所しくなった晴明――
その原因が一体何なのかわからずに悩んだ時期もあったが、こうやってまた頼ってくれたのだから、今はそれでいいと思った。
「寝顔も変わらないねえ」
いつの間に“男”になってしまったのだろうか?
手も大きくなったし、喉仏だって出ているし、童子の頃の面影は全くない。
だんだんこうして手を離れていくのかと思うと少し寂しい気分になった山姫が小さなため息をついた時、晴明の瞳が開いた。
「…幽玄町に戻るのか?」
「ああ、そろそろ主さまが起きてくるだろうからね。…主さまは口には出さないけど、あんたが百鬼に入らなかったことを悲しんでるよ。あんたは主さまのお気に入りだから」
「…十六夜の気に入りはそなたなのでは?」
「は?なんか今すごくおかしいことを言われた気がするねえ。主さまは特定の女を作らないんだ。それにあたしも主さまに興味がないしね。あんな我儘男、こっちから願い下げだね」
そう言い放つとなぜかほっとした表情を浮かべた晴明の顔に見惚れてしまった山姫は、首を振って腰を上げると背を向けた。
なぜか一刻も早くここから立ち去らなければならないと思ったからだ。
「あんたは勘違いをしてるよ。あたしもそろそろ男を食いたいんだけどねえ、主さまの傍に居るとなかなか……な、なんだい?」
「なんでもない。十六夜か…あの男が特定の女を愛する日など来るのか?私にはそれが想像できぬが」
「さあね。でももしそんな女が現れたら、主さまは苦労するだろうねえ。ああ見えてもあの方は純情だと思うんだ。ま、あたしたちはそんな主さまをからかって遊んでやろうよ」
「ああ。山姫…よかったらまたここに来てくれ」
「主さまへの愚痴を聴いてくれるんならいつでも来てやるよ」
なんだか晴明を見ていると恥ずかしくなってしまった山姫がそそくさと屋敷を後にすると、枕元に用意してくれた氷水の入った盥を引き寄せて起き上がった晴明は、ふっと笑みを零した。
「いっかな私の想いが通じてはいないな。まあいいか、そこも可愛らしいところだ」
この時はまだ余裕があった。
この時は――