主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
白狐の嫁入り
その小さな女の子は、花が咲き乱れる庭にいつも立っていた。

そこが居場所であるかのようにいつも佇み、迎えに来てくれる男を待っていた。


「若葉(わかば)、こっちにおいで。お姉ちゃんが一緒に遊んであげる」


「ううん、いい。ぎんちゃんが迎えに来てくれるまでここに居る」


「ぎんちゃんじゃなくって、銀(しろがね)さんでしょ?…また家から追い出されたの?お家に戻れないの?」


「息吹、放っておけ。そいつにいくら話しかけたってそこから動かないんだ。それよりここに座れ。もうすぐ子が生まれるというのにうろうろするな」


「でも主さま…」


――若葉と呼ばれた6歳の女の子は、息吹が幼かった時によく着ていた朱色の着物をいつも着ていた。

そして若葉という名は息吹が名付け親で、若葉が着ている着物も息吹が無理やり押し付けたものだ。


息吹は大きく膨らんだ腹を撫でながらも主さまの助言を聴かずに若葉の手を引っ張って縁側に座らせた。


「銀さんにここで待ってろって言われたの?」


「うん。主さまのお屋敷でいい子にしてたら迎えに行ってやるって」


若葉は少し目が吊ってきつい顔立ちをしていたが、成長すればなかなかの美女になりそうな素質を持っていた。

だがなかなか表情が動かず、息吹はそれを生い立ちのせいだと思っていたが、本人には言えない。


“あなたは幽玄橋に捨てられていたのよ”なんて、言えない。


「そっか、じゃあお姉ちゃんと遊んでよ。草履を脱いで中に上がっておいで」


「…いいの?お姉ちゃんは赤ちゃんを生むから邪魔をしちゃいけないってぎんちゃんに…」


「邪魔じゃないよ、よかったらお腹に触って。何して遊ぼっか、貝合わせする?」


「うん!」


暗かった表情が輝いたので、息吹はほっとしながら若葉の草履を脱がせると、部屋の方へと連れて行く。

その間主さまは息吹が転ばないようにはらはらしながらも、幼子の若葉を放り出して遊び回っている銀の動向に腹立たしさを覚えていた。


「…あいつ…“この子は俺が育てる”と言っておきながら、実質若葉を育てたのは息吹じゃないか。今日は必ず一言文句を言ってやる」


これが昼間の話で、銀が若葉を迎えに来たのは夕方のこと。


銀は若葉に干渉しない。

いずれ…離れる時が来ると知っているから。

それでもこうして毎日迎えに来る。

毎日迎えに来ては、またすぐに離れる――
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